2017年07月25日

軽井沢のハラール


「国際的リゾート」軽井沢は平和の町。観光の町。みんなが安心して楽しめる町。

IMG_5658.jpg
(観光客で混み合う夏の旧軽銀座)
 
「軽井沢英語観光ガイドの会」も研修など活発に行っていて、これから増えてくる英語での観光ガイド需要に備えがんばっています。実は私もメンバーなのですが、今は本業の翻訳が忙しく、ガイドというのは片手間ではできないので、当分参加は無理かな、と思っています。

さて軽井沢で一番多く見られる外国人観光客は、私の観察では台湾からの旅行客。旧軽銀座ではよく見られます。ハルニレテラスでは、中国語の他に英語や韓国語が聞かれます。

IMG_0194.jpg
(夏休みに入りにぎわうハルニレテラス)
 
先日の政府(観光局)発表によると、2016年度に来日した外国人数は、過去最高の約2,403万人。若き日私が通訳ガイドをやっていた時、外国人観光客はわずか300万人。日本人の海外渡航者が1千万人。まさに隔世の感があります。

政府は、2020年の訪日外国人観光客数を4千万人にすると発表。本気ですか。それには人が係わる受け入れ態勢はもちろんのこと、たくさんのインフラ整備も必要だと思います。「東アジア以外」からの観光客を増やしていくことも必要とされています。

東アジア以外の主要な国々といえば、マレーシアやインドネシア。さらに世界を見渡しお金を持っているのは、中東の国々。オイルマネーですね。つまりは、今後「イスラム圏」からの観光客を増やしていくことも重要かと思われます。

そこで重要になってくるのは、「食べ物」。そう、「ハラル(ハラール)」。ハラルとはイスラム法において食べることを許された食べ物や料理のことで、基本的にイスラム教徒は「ハラル」の食べ物を食べます。

それは知っていましたが、なんと軽井沢にも「ハラル認証の食べ物」を売っているお店があったのです。

それは、旧軽銀座チャーチストリートにある「フィーヌ軽井沢店(FINE Karuizawa)」。ここでは「ハラル認証」のジャムを売っています。ハラル認証を受ける、ということは、イスラムの教えによる「食べても良いもの」であり、教えに則った加工方法、調理方法により作られたことが証明されていることを意味します。

IMG_0116.jpg
(旧軽銀座チャーチストリート内にあるFINE軽井沢)
 
ちなみに、フィーヌのジャムはマレーシア政府の公認を受けている会社よりハラル認証を得ているとのこと。製造ラインの1つがハラル専用ラインになっていると、店の方に聞きました。

ただ現在は「ハラル」ラベルは貼っていないとのこと。当初ハラルラベルを貼ったハラル商品を非ハラル商品とは分けて陳列したのですが、戸惑うお客様が多かったということ、実際にハラル商品を求めたイスラム教徒のお客様がいなかったこと、などから今はラベルを貼っていないとのこと。しかし貼っていないだけで、ハラル認証商品であることには変わりはなく、同店舗入って左側奥の商品がそれに相当します。

IMG_0151.jpg
(ラベルは貼っていないがハラル認証のジャム。左が信州産ブラックカラント、右が信州産サンプルーン)
 
世界におけるイスラム教徒の数はだいたい16億人。ほとんどは平和を信条とする私たちと同じような人々です。生活に余裕が出てくれば、日本に来たいと思うでしょう。フィーヌのように、そういう人たちを受け入れるためには何が必要かを率先して考える企業や団体も出てきています。2020年東京五輪に向け、ハラル対応はますます進むものと思われます。

私は個人的にガイドもやっていたし英語を仕事にしているので、世界の人々の文化や宗教や言語に非常に興味があります。そこで、イスラム教徒とはなんぞや、と思い、その原点である「コーラン」を読んでみようと思い立ち、電子版の「コーラン」を買いました(ダウンロード)。岩波現代文庫、井筒俊彦翻訳の現代語訳「コーラン」電子版です。

coran.jpg
(アラビア文字で書かれたコーラン)

 まだ読んでいる途中ですが、モハメット(ムハンマド)は苦労されたのだな、というのが第一印象。ムハンマドの口を通して発せられたアッラーの神の壮絶なお言葉が並んでいるのですが、そのようなことを伝えなければならないほど、当時の中東世界は混乱を極めていたのだと思います。

ご存知のように、ユダヤ教、キリスト教の神「ヤーウェ(エホバ)」とイスラム教の「アッラー」は名目上は同じ。一神教の神様です。

また、内容的に誤解されている部分も多いと思われますが、「目には目を」は有名で、「やられたらやりかえせ」を推奨しているように聞こえます。これはイスラムの専売特許でさえありません。

もともとは紀元前18世紀の「ハンムラビ法典」に記されている規則で、旧約聖書にもある「同害復讐法」(刑罰の規則)です。「他人の命を奪った人は、自分の命を持って償え」ではありますが、昔は「1人やられたら10人やれ」みたいな倍(以上)返しの私闘がまかり通っていたのでしょう。それじゃ復讐の連鎖は終わらない、ということで、「目には目(だけ)」という当時としては「人道的」な罰則規程をハンムラビ王が制定したわけです。

さらにコーランでは、この規程を用いずに、もっと別の穏やかな手段で罰することを選んだならば、それは贖罪になる、徳を積むことになる、と言って、アッラーの神様は平和的手段を推奨してもいるのです。

深くは踏み込みませんが、とにかくコーランは聖書も同じですが「当時の状況を踏まえて理解する」ことが大前提なのです。

内容とは別に驚いたのは、「コーラン」の原語「クルアーン」は読誦を意味している。つまりはコーランは「音読する」ことを前提に書かれた聖典なのです。YouTubeで音読されるコーランを聞いてみるとわかりますが、非常に荘厳で心が洗われるような雰囲気があります。

仏教の読経は葬式等で何度も聞いたことがありますが、特に北大路欣也が空海を演じた映画「空海」での読経(真言宗)、崇高ささえ感じました。また、かつてバチカンの教会で体験したカトリックのミサも厳かな空気に圧倒されたのを覚えています。

望むべくは、そうした心洗われる部分だけが行動に反映されるとうれしいのですが。みんな平和で仲良く、軽井沢に来て楽しんでほしいですね。


読んでいただきありがとうございます。
クリックして応援いただけるとうれしいです。

↓↓↓
にほんブログ村 地域生活(街) 中部ブログ 北佐久郡軽井沢町情報へ
にほんブログ村
にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ
にほんブログ村
posted by ロンド at 16:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 国際

2017年07月16日

信玄餅の謎


今年の5月、御代田町にある「茶房ひとひら」で食べた和菓子セット、冷たくてのどにツルリと入るおいしい水菓子だった。マダムは今「水信玄餅」にはまっている、と言っていた。
 
「水信玄餅」って何だ。我が故郷山梨の銘菓「信玄餅」は知っているが、水信玄餅は聞いたことがない。

Hitohira.jpg
(茶房ひとひらの和菓子セット)
 
水菓子は中軽井沢の和菓子店「和」でも、売っていた。注文を受けてから型から出すという繊細な菓子、店内でしか食べられない。テラスがあるので、我が家のワンコと一緒に食べることができた。美味しい暑気払いになった。

Shizuku.jpg
(和菓子屋「和」の「白糸のしずく」)
 
両者とも、寒天、きなこ、黒蜜の組合せ。シンプルだが柔らかいプルッとした食感と冷たさが魅力。
 
でも「水信玄餅」とは何だろう、と「ひとひら」マダムから聞いた名前が気になっていた。
 
私の知っている「信玄餅」は以下の「桔梗信玄餅」である。

Shingenmochi_Dish.jpg
(普通は、包みを開けて、容器のまま食べるが、皿に出しても雰囲気が良い。)

ShingenmochiShelf.jpg
(長野に入っても、高速のSAで売っている。)
 
特別歴史があるわけでも、伝統のお菓子というわけでもないが、包装と食べ方がユニークなお菓子。
 
私が生まれる前からあったお菓子ではない。調べてみると、昭和43年(1968)に販売が開始されている。甲府にいたときはよく食べていた。人気も高く、菓子関連の賞もたくさんとっている。全国的にも名前が知られるようになり、社会人になってから会社の同僚たちへの土産はたいてい「ぶどう」と「信玄餅」だった。
 
会社勤めをやめてからは、いつしか信玄餅は食べる機会がなくなっていたが、最近、冠婚葬祭で甲府に帰省した折り、久々に食べてみるとやっぱりおいしい。繊細な味とか洗練された味とか、そういうものではないが、単純においしい。時々食べたいと思う。
 
『山梨県には古来よりお盆の時期に、餅にきな粉と黒蜜をかけた安倍川餅を供えて食べる習慣がある。これをヒントに現代風に小さくまとめ、お盆だけでなく一年中食べられるものにしたのが、「桔梗信玄餅」。』
 
と桔梗屋のホームページ「桔梗屋をもっと楽しむ」に記されている。
 
「安倍川もち」は、その昔、安倍川岸の茶屋で休んでいた徳川家康に店主が当時安倍川上流で産出した金をヒントに「金粉に似たきな粉をまぶした餅」を献上、その美味さに感動した家康が「安倍川もち」と命名した、とのこと。当時は画期的なお菓子だったのだ。
 
時を超えて、ありそうでなかった「信玄餅」を最初に考案した人はすごい!
 
だが、桔梗屋には「水信玄餅」なるものはなかった。これは一体どういうことか。
 
で実家に聞いたり親戚に聞いたり、Google したりして調べたら驚いた。山梨の「信玄餅」は二つあったのだ。
 
上記に載せた写真の「信玄餅」を考案して売り出したのは明治22年創業の老舗菓子店「桔梗屋」(本社は笛吹市)。しかし、「信玄餅」という商標を所有しているのは、明治35年創業のやはり老舗菓子店「金精軒」(きんせいけん)(山梨県北杜市)。
 
最初に「信玄餅」の餅菓子を考案したのは桔梗屋であることは確からしい。だが、当時金精軒は「信玄最中」というお菓子を作っており商標権も持っていた。
 
そのせいかどうかわからないが、桔梗屋は「信玄餅」の商品名が使えず、「桔梗信玄餅」で商標登録した。その後、金精軒がまったく同じ餅菓子を売り出し、「信玄餅」で商標登録した。
 
金精軒は、信玄餅誕生の由来を「信玄餅も公(武田信玄)が出陣の際、非常食糧として欠かせなかった切り餅にちなんで調味致したものです」と同店のHPにて説明している。
 
この桔梗屋の「桔梗信玄餅」と金精軒の「信玄餅」については、こちらのブログで詳しく解説している。
 
金精軒の信玄餅は食べたことがなかったので、取り寄せてみた。正直、まったく同じ。味もそれほど変わりがない。どちらかといえば桔梗信玄餅のほうが、個人的には好きかな、という感じ。

Kinsei2.jpg
(袋も同じコンセプト)
Kinsei1.jpg
Kinsei3.jpg
(包装も中身も同じ)

商業的には、桔梗信玄餅に軍配が上がることは間違いない。個人的にはつい一ヶ月前まで金精軒の信玄餅など存在も知らなかったし、見たこともなかった。桔梗屋の信玄餅は東京でも長野でも買える。全国的にも知られているのは「桔梗信玄餅」だし、「信玄餅」という餅菓子の本家は桔梗屋であろう。
 
ただ、冒頭の「ひとひら」マダムの言っていた「水信玄餅」とは、金精軒の商品だった。HPには「水信玄餅は運搬やお日保ちといった一般的に考慮されるべき販売条件を一切無視して作られております。」とあり、店内で食べることのみが販売の条件の夏限定菓子となっている。

今いろんなところで目にするこのプルプル水菓子の「本家」は金精軒なのだろうか。なぜかといえば、こんな記事を見つけたからだ。
 
「水信玄餅が全米を震撼? 「レインドロップ・ケーキ」の登場に日本の本家は…」
 
アメリカでも真似された日本の和菓子。今は「真似」とは言わず「インスパイア」と言うようだが・・・・。
 
ちなみに、桔梗屋も金精軒も、信玄餅以外にも多くの独創的でおいしそうな菓子を創作・販売している人気の和菓子店である。山梨のお菓子業界も、全国的に、いや世界的に負けてはいない(かな)。


読んでいただきありがとうございます。
クリックして応援いただけるとうれしいです。

↓↓↓
にほんブログ村 地域生活(街) 中部ブログ 北佐久郡軽井沢町情報へ
にほんブログ村
にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ
にほんブログ村
posted by ロンド at 21:59| Comment(0) | TrackBack(0) | おいしいもの

2017年07月09日

風とともに


「風立ちぬ」といえば、「堀辰雄」です。軽井沢ですから。追分宿の堀辰夫文学記念館は歩いてすぐです。

Hori&Liu.jpg
(ときどき散歩で立ち寄る堀辰雄文学記念館)

タイトルの「風立ちぬ」は、フランスの作家ポール・ヴァレリーの詩「海辺の墓場」にある一節、Le vent se lève, il faut tenter de vivre. (「風立ちぬ、いざ生きめやも」と堀辰雄自身が和訳)から取ったもの。直訳は「風が吹いてきた。生きるべく努力しなければならない」という意味とのこと。

さらに宮崎駿がアニメ化しました。アニメ「風立ちぬ」の英語タイトルは、The Wind Rises. 「立つ」は日本語でも文章語ではありますが「風などが起こる」の意味があり、英語もフランス語も、同じく「立つ」という動詞を使っています。英語は rise。フランス語は lever。このあたり、「風が出る」ことを表す感覚は共通なのでしょうか。おもしろいですね。

ちなみに、アニメタイトルは The Wind Rises. ですが、ポール・ヴァレリーの詩そのものの英語訳は、The wind is rising. となっているものもあります。

さて、タイトルとして「風・・・ぬ」で有名なのは、「風と共に去りぬ」です。マーガレット・ミッチェルの小説で、映画化もされました。アメリカ映画を代表する不朽の名作です。

この小説で何が風と共に去ったかというと、「文明」です。映画の冒頭で A Civilization gone with the wind... と出てきます。南北戦争で南部の貴族的社会が潰れてしまったという意味のようです。civilization に不定冠詞の a が付いている(普通は the を使うことが多い)ということは、アメリカ南部の文明は普遍的文明ではなく、地域的なものだ、ということを表しているのですね。

ところで、この映画の最後のセリフ。とても有名です。すべてを失い、最愛のレット・バトラーにも去られ絶望したスカーレットが、故郷のタラに帰って考えようという結論に達した時の言葉、Tomorrow is another day. 字幕は「明日に望みを託して」。

一介の無名な翻訳者が確立されている字幕に異議を唱えるのもおこがましいのですが、この訳はやはり「意訳しすぎ」、「考えすぎ」ではないでしょうか。

日本人はどちらかといえば感傷的で情緒的、ドラマでも感動を盛り上げるのが大好き。不思議なことに、「言葉少なめ」の日本文化なのに、「おもてなし」心理のせいなのか、ドラマなどではとことん状況、経緯、結末を説明し尽くします。この映画でもスカーレットの苦労を自分のもののように感じ、日本人の好きな「起承転結」で「結」の言葉、「絶望から立ち上がって、明日に希望を見いだそうという優等生的決意」を、スカーレットから聞きたかったのでしょう。

だからその気持ちを「忖度」して、映画関係者が「明日に望みを託して」としたのではないでしょうか。

確かに、気持ちとしてはそういうことでしょう。でも英語では「明日に望みを託す」と言っていない。でも気持ちはそうなんだから、「明日に望み」でもいいじゃないか、という人は多いと思います。

でもそれでは、「君と楽しい家庭を作りたい」「君と毎朝おいしいコーヒーを一緒に飲みたい」「僕とずっと一緒にいてくれるかな」というセリフをその真意を考慮してすべて、Will you marry me? と訳してしまう、ようなものですよ。

IMG_0103.jpg
(「風と共に去りぬ」の最後のシーン)

Tomorrow is another day. は、「明日は明日の風が吹く」「明日になればなんとかなる」「明日がある」というような意味でしょう。この表現は、「明日に望みを託す」というような「前向きな期待」ではなく、「後ろ向きの楽観」だと思います。

スカーレットはけっこうタフガール。情熱的だけれどサバサバした性格。切替も早い。素直になれないところもある。言ってみれば、「跳ねっ返りのじゃじゃ馬娘」。そのあたりを踏まえて彼女のセリフを考える必要があると思います。

そんなスカーレットが「レットが去った。彼を取り戻したい。でも今日はもう考えられない。どうしよう」とどん底。でも「そうだ、故郷のタラがある。タラに帰って、レットを取り戻す方法を考えよう」と開き直って、「だって(After all)」と言って、「明日があるんだから(明日は今日ではない、別の日だから、明日になればなんとかなるだろう)」と、どちらかといえば楽天的な発言で終幕。こういう解釈のほうが自然ではないでしょうか。

もちろん、「映画字幕は翻訳ではない」と言われているように、映画字幕は英語だけを見て訳すものではなく、文字数制限もあり、いろいろな要素を総合的に考えて訳を作り出す創造的な職人技と理解しています。

「明日に望みを託して」は、「感傷大好き日本人視聴者」の気持ちに沿ったものかもしれないけれど、それでもやはり「忖度」しすぎたのではないかと思います。

ちなみに、小説「風と共に去りぬ」の新版では、Tomorrow is another day. を「あしたは今日とは別の日」と訳しているそうです(個人的には未確認です)。


読んでいただきありがとうございます。
クリックして応援いただけるとうれしいです。

↓↓↓
にほんブログ村 地域生活(街) 中部ブログ 北佐久郡軽井沢町情報へ
にほんブログ村
にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ
にほんブログ村
posted by ロンド at 19:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 英語
プロフィール
ブログネームは、ロンド。 2013年に東京の多摩ニュータウンから軽井沢の追分に移住。今年還暦に。 同居人は、妻とトイプードルのリュウ。 ロンドは、フリーの翻訳者(日英)。自宅にてiMac を駆って仕事。 リュウ(13歳)は、運動不足のロンドを散歩に連れ出すことで、健康管理に貢献。 御影用水温水路の風景に惹かれて、「軽井沢に住むなら追分」となった。