2018年04月26日

我が心のイギリス


イギリスは魅力的な国であり多彩な国である。シェークスピアを好きな人もいるだろう。シャーロック・ホームズの謎解きも日本人好みだ。ジェームズ・ボンドは時代を超えて活躍し続けている。

日本にとっては共通点も多く、親近感を持っている人も多いだろう。私も添乗員として一度だけ行ったことがある。

そのとき滞在したロンドンのホテルのロビーで、ミス・ワールドの美女たちに遭遇した(たぶん同じホテルに泊まっていた)。思わず、Wow, beautiful! と口に出したら、Thank you! と輝くような笑顔で返された。添乗という接客業に向いておらず失敗が多かった短い添乗員時代の数少ない思い出の一つである。

行ったのは一度だけだが、イギリス関連の本はたくさん読んだ。イギリス人ともいろいろ話した。そして「イギリス」という言葉一つでは語りきれない文化、言語、人々の多層性に惹かれた。

イギリスの歴史に登場する英雄は多いが、最初の英雄といえば円卓の騎士で有名なアーサー王である。

一般に知られているアーサー王伝説は、中世以降に創作されたフィクション。アーサー、その妻グイネビア、魔術師マーリンなど、恋あり魔術ありの英雄譚である。

だが私が興味あるのは、フィクションではなく、ファクトのほうのアーサーである。

King_Arthur.jpg
(クライブ・オーウェンがアーサー、キアラ・ナイトレイがグイネビアを演じた2004年の映画「キング・アーサー」は、フィクションではなくファクトを重視して描かれた作品。舞台は5世紀。もちろん聖剣エクスカリバーも魔女も魔術師も出てこない。)
(テレビ画面より)

以前、Arthur's Britain という本を読んだことがある。それによると、アーサーには実在のモデルがいた。5〜6世紀ごろ、ケルト人とローマ人のハーフとして、ブリタニアと呼ばれていたイギリスにて、侵略者のゲルマン人たちと戦った軍事的指導者だった、という(諸説あり)。

そのアーサーは、誰のために戦ったのか。

すでに西ローマ帝国は滅んでいるが、ローマの威光はまだ残っていたから、残存のローマ人と土着のケルト人との共同社会のようなものがあって、その社会を守るため侵略者のサクソン人と戦ったのだろう。

つまりアーサーは「国家」ではなく「家族」を守るために戦った。

そのアーサーは何語を話したのか。公用語や公文書などはまだラテン語だったろうが、民衆との会話にはケルト語を使ったはず。だからバイリンガルだったと思われる。

アーサーの実在性を疑う学者もいるが、私は実在したと思う。偉大な指導者であり戦士だったからこそ、人々の記憶に残り、フィクションの王になったのだと。

アーサーがサクソン人を破った「ベイドンの戦」が行われた「ベイドン山(Badon Hill)」にぜひ行ってみたい。ただ、正確な場所は、いくつか候補はあるがわからないそうだ。

Badbury_Ring,_Dorset_-_geograph.org.uk_-_16872.jpg
(Badon Hill の候補地に挙げられている Badbury Rings と呼ばれる丘。鉄器時代からの遺跡がある。場所はイングランド南西部にあるドーセット州。)
(Wikimedia Commons)

さて、時は下り「イングランド」の時代になる。

ブリテン島に侵入したゲルマン民族はやがてこの島に住み着いた。主な定住種族は、アングル人、サクソン人、ジュート人。この3部族は、しだいに合体し、総称して「アングロサクソン」と呼ばれるようになる。

彼らの言葉は「古英語(Old English)」と呼ばれ、今の英語の祖語にあたる。YouTube で「古英語」を聞いてみたが、とてもワイルドな言葉に聞こえる。It’s all Greek to me. (ちんぷんかんぷん)だ。

彼らがブリテン島に建てた国々は総称して「七王国」と呼ばれている。そこから「イングランド王国」ができる。10世紀ごろである。

本当の意味での「アングロサクソン人たちの王国イングランド」は、この時代のイングランドだ。

だがそれは11世紀に消えてしまった。有名な「ノルマン・コンクエスト」(ノルマン人による征服)(1066年)のためである。

大陸のノルマンディからウィリアムがイングランド王位を奪いに来た。アングロサクソンの最後の王ハロルドは孤軍奮闘、しかし善戦虚しく敗れてしまった。

Harold_Godwinson_silver_coin.jpg
(ハロルドの顔を刻んだ銀貨。1066年に鋳造されたものという。)
(Wikimedia Commons)

新たなイングランド王となったウィリアム始めとする支配層は、もともとゲルマン民族の「ノルマン人」と呼ばれる部族で、いわゆる「ヴァイキング」であったが、フランスに住み着いたため、すっかりフランス化してしまい、フランス語しか話せなかった。

こうしてイングランドにはフランス語が入り込み、「英語」が大きく変化した。たくさんのフランス語(ラテン語)が入り、文法も簡略化され、今の英語になっていった。文法が簡単になったのは、私のような外国人学習者からすればうれしいことである。

もしノルマン人による征服がなければ、英語はもっとオランダ語やドイツ語に近かった。だから名詞も「男性名詞、女性名詞、中性名詞」なんていうめんどくさいものが残り、動詞の変化も、今のドイツ語のようにやたらと語尾変化していたはずだ。

征服王ウィリアムの王朝は存続し、イングランドが現在につながる「イギリス(United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland)」になっていく。現英国王室の直接の祖先は、このウィリアムである。

どうも私は、ノルマン・コンクエスト以降のイギリスにはさほど興味がないようだ。古典のシェークスピア作品は、映画で見る方が楽だし、名作シャーロック・ホームズも、現在アメリカで放送中の探偵ドラマでルーシー・リューが女性版ワトソンを演じている「エレメンタリー ホームズ & ワトソン in NY」のほうが好きだ。

どちらかといえば、いにしえ人に思いをはせる、というか、過去があって今の自分がある、と考えるのが好きなのだろう。歴史の知識が必須な通訳ガイドを目指して勉強した、というのも背景にある。
 
いつかイギリスに行ったら、ブリティッシュ・イングリッシュを話してみたい(現実的には、せいぜい「ジャパニーズ・ブリティッシュ・イングリッシュ」だろうが・・・)。

イギリスでは、ケルト人、ローマ人、ゲルマン人、様々な人々がやってきて、住み、戦い、生き、社会を作り歴史を形作ってきた。戦いに生きたアーサーやハロルドたちのイギリスが、「我が心のイギリス(England on my mind)」である。


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posted by ロンド at 17:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史

2018年04月15日

私を泣かせてください


翻訳は、締切に追われ、単調だが極度な集中が必要な作業。そんな緊張や疲れを癒してくれる音楽がある。
 
その一つが「私を泣かせてください」。
 
「ラッシャ・キオ・ピアンガ」で始まる悲しく美しい旋律のこの曲は、ヘンデル作のオペラ「リナルド」で歌われるアリア(独唱歌)。

出だしの Lascia ch'io pianga(私を泣かせてください)は曲名でもあり、mia cruda sorte(私の過酷な運命)と続く。イタリア語の piangere は「泣く」の意味もあるが、「・・を嘆き悲しむ」の意でも使われる。ここでは後者の意味。だから「私を泣かせてください」はセンテンス全体からすれば、中途半端な訳になる。もう一つの曲名「涙の流るるままに」の方が意訳としてはいいかもしれない。

とても有名なアリアなので、知っている人も多いと思う。

私がこのアリアを最初に聞いたのは映画「カストラート」においてだ。これは1994年のフランス映画で、実在したカストラートのオペラ歌手ファリネッリ Farinelli(本名カルロ・ブロスキ)の半生を描いた作品である。

このアリアが特に悲しく響くのは、同映画で歌われたからだろう。
 
カストラートとは、非人道的手段(特殊な外科手術)により、「天使の歌声」ボーイソプラノの声を持ったまま大人になった男性オペラ歌手のこと。4オクターブの音域を持ち、男性の大きな肺活量と声の力強さを持った夢のオペラ歌手である。16世紀から18世紀ごろまで存在した。

ファリネッリは特に有名で、その美声と歌唱技術は誰をも魅了したと言われ、カストラート史において最高クラスのオペラ歌手とされている。その様子はこの映画でも描かれている。正確な音程、長いブレス、朗々と響く豊かな音量。劇場では、彼の声を聞いて失神する女性もいたという。

CarloBroschi.JPG
(ファリネッリの肖像画。美男でもあったファリネッリは、上流階級女性の、今で言う「アイドル」だった。)

映画「カストラート」において「私を泣かせてください」が歌われているシーンでは、カストラートにされた彼の子供時代がクロスオーバーで映され、「私の過酷な運命を嘆き悲しませてください」という歌詞がそのままファリネッリの人生に当てはまる。

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(オペラハウスの装飾は、音の拡散に効果的だった。)

同映画では曲調も悲哀に満ちていた。

サラ・ブライトマンやクロエ・アグニュー(ケルティック・ウーマンのメンバー)など、多くの歌手がこの曲をカバーしている。サラ・ブライトマンの高音であっても澄んで落ち着いた声は、私の仕事のバックグラウンドミュージックにピッタリだった。
 
サラの「私を泣かせて・・」はどちらかというとオペラ的な歌い方をしているので沈んだ雰囲気がある。ケルト音楽を専門とするポップシンガーのクロエが透明感のある明るい声で歌う「私を泣かせて・・」も最近よく聴いている。

現在ではカストラートは存在しないので、今彼らの歌声を再生できるオペラ歌手はいない。同映画では、ファリネッリの歌う声はすべて男性のカウンターテノールと女性のソプラノの声を合成したものである。

人為的カストラートは存在しないが、自然の状態でカストラートに匹敵する声を持つ男性はいるという。声変わりしないで大人になるという特異体質のなせる技だ。日本では、岡本知高がそうだという。iTunes Music で彼の「私を泣かせて・・」を聴くと、確かにすばらしい高音だ。

だが、そんな彼でも「3オクターブ」というから、「4オクターブ」と言われている実際のファリネッリは、すでに「神の領域」に踏み込んでいたのかもしれない。彼がもし現代にいてアリアを歌ったら、失神する人(女性ファン)が続出するに違いない。

Viva Farinelli! 


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posted by ロンド at 17:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽
プロフィール
ブログネームは、ロンド。フリーの翻訳者(日英)。自宅にてiMac を駆って仕事。 2013年に東京の多摩ニュータウンから軽井沢の追分に移住。 同居人は、妻とトイプードルのリュウ。 リュウは、運動不足のロンドを散歩に連れ出すことで、健康管理に貢献。 御影用水温水路の風景に惹かれて、「軽井沢に住むなら追分」となった。