2018年09月15日

英語と映画とLGBT


英語を仕事にしていると、いろいろな情報が手に入る。日本語で知るより英語で知るのが早いこともある。今よく聞かれるLGBTもその一つ。

LGBTは、lesbian, gay, bisexual, transgender の頭文字を取ったもので、一般的には、同性愛を含めた多様な性的指向を持つ人々を示すものと理解されている。

LGBTという言葉が作られるはるか以前、ゲイといえばエイズ問題だった。

思えば通信社勤務時代、世界中に蔓延しつつあった「エイズ」の最新情報を、英語の文献で読み、訳した。エイズは、エイズという病気で死ぬのではない、免疫がなくなり、普通だったらかからないような病気で死ぬ、ということがわかった。またHIV保菌者の子供にキスしている看護師の写真があり、「キスしたくらいではうつらない」ことも知った。

翻訳者として独立する前まで勤めていた語学研修会社では、同僚はゲイのアメリカ人だった。彼は有能であり、気むずかしい性格だったが、パートナーの日本人男性を大切に思っていたことはよくわかった。

当時同姓愛の理解において役立った映画「フィラデルフィア」。エイズを発症した弁護士が、彼を解雇した経営者たちを訴えるドラマである。トム・ハンクスとデンゼル・ワシントンの演技が素晴らしかった。

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(1993年の映画「フィラデルフィア」のポスター。この映画でトム・ハンクスがアカデミー主演男優賞を取った。)(Wikimedia Commons)
 
この映画で一番気づかされたことは、性的指向差別についてのことではなかった。トム扮するアンドリュー・ベケットは、パートナーのミゲル(アントニオ・バンデラス)に看取られて死ぬ。そのとき、「ああ、この二人は愛し合っていたんだ」と感じたことだ。

それまで同性愛については、「性的指向」にしか目がいかなかった。だが基本的なことは、そこに「愛情」がある、ということだった。当然といえば当然であるが、「フィラデルフィア」を見るまでそれが見えなかった。

人として大切なのは、人を普通に愛せること。犯罪的でも反社会的でもないこと。それが一番大切なことであって、性的指向がどうであろうと関係ないではないか。

社会にとって好ましくないのは、人を傷付ける暴力的な人々はもとより、暴力は用いなくても横領、専横、収賄、セクハラ、パワハラなど、一般会社員のみならず公務員、警察官、医者、政治家など職業に関係なくあちこちにいる人々である。

ゲイが「生まれたときから、心と体が別」という先天的な要因の場合には、「目の下にホクロがある」のと変わらない特徴なのだが、それさえ理解したくない人たちはたくさんいる。

LGBTが生まれてくる要因は複雑であり、先天的であろうとなかろうとどんな性的指向でも、良い市民である限り、愛すべき家族であり友人なのである。

アメリカではハリウッド俳優がどんどん自己の性的指向を表明している(ちなみに私は「カミングアウト」(come out of the closet)という言葉はあまり使いたくない。なぜクロゼットに隠れていなければならなかったのか、と思ってしまうからである)。

ジョディ・フォスターも2013年にゲイであることを明らかにした。彼女のパートナーは女性で、本人が産んだ子供は精子提供によるものとうわさされている。彼女がアカデミー主演女優賞をとってもおかしくなかった映画「コンタクト」は、SFファンの私にとって忘れられない映画である。

日本でも、特に芸能界や娯楽界におけるゲイの人たちの努力により、ゲイの認知度も向上してきている。俳優でも歌手でもキャリアや人気を犠牲にすることなく「私はゲイ」と普通に言える環境が整ってほしい。今は著名であればあるほど表明は大変だと思うが、それだけ理解促進につながるはずだ(最近では勝間和代さん、ロバート・キャンベルさん)。性的指向がどうであれ、私がファンである気持ちは何も変わらない。

今年1月NHK放映のドラマ「女子的生活」でトランスジェンダーを演じた志尊淳。ハイヒールを履き、自然なメイクと物腰で普通の女性にしか見えない演技が印象的だった。このドラマは実際のトランスジェンダーがアドバイザを務めているので、トランスジェンダーの心情がよく描かれていた。

驚いたことに、LGBTは生産性がない、と言っている人がいる。LGBTであるかどうかに関わりなく「生産性がない」人はたくさんいる。しかし人口が減っているのはそういう人たちとは関係ない理由であることは明白だと私は思うが。

広い意味で「生産性がない人」には障害者、病人、怪我人、高齢者などが含まれるのだろうが、実はこういう小数の人々(マイノリティ)を大切にすることは人類の生存において「必要」なことだった、という仮説がある。

人類がまだアフリカにいて狩猟採集生活をしていたころ、人は生命体ゆえ障害者も生まれ怪我人も出る。こうしたマイノリティは「小数」ではあっても「必ず一緒にいる仲間」である。そして彼らを思いやる人は、周りの人々から慕われるようになり、子孫を残す可能性も高くなる。「マイノリティ保護」はグループ全体で生存率を高めるため必要な行動だった、という説である。

また人類を含む高等霊長類では「ミラーニューロン」という、相手を見ているだけでその相手と同じ反応を脳内に起こす神経細胞がある。つまり「共感」能力が生まれながらに備わっているのだ。

「マイノリティを理解し大切にする」ことは人の人たる所以だった。

ところがそういう共感能力は、収入が高い人ほど低くなるという研究結果がある。

指導的立場にある人は一般に収入も高いとされるが、本来人類のリーダーであるということは、「マイノリティの人々を守れる人」ということであって、その気がない、その能力を失ったリーダーは、リーダーの資格どころか人類の資格がないということになる。

本ブログでも記事にし、今もアクセス数の多いフレディ・マーキュリー。ついにラミ・マレックがフレディを演じた映画「ボヘミアン・ラプソディ」が11月に日本で公開される。彼はバイセクシュアル。女性も男性も愛し、愛多きゆえ早世してしまった。

歌とパフォーマンスで人類を魅了し、音楽の歴史に名を残し、それで彼の生産性や性的指向を誰が問題にしようか。

2017年度英国議会開会式におけるエリザベス女王のスピーチでは、国をあげてLGBT権利の擁護に努めることが表明された。

My government will make further progress to tackle the gender pay gap and discrimination against people on the basis of their race, faith, gender, disability, or sexual orientation.

「我が政府は、性別による賃金格差問題および人種、信条、性、障害、性的指向などにもとづく人々への差別に対しさらに力を入れて取り組む」

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(2011年、当時のオバマ米国大統領とともにゲストを迎えるエリザベス女王。対面しているのは俳優のコリン・ファース。この年「英国王のスピーチ」で、苦労して吃音という発話障害を克服した、女王の父ジョージ6世を演じアカデミー賞を受賞した。同映画のクライマックス、ドイツへの宣戦布告スピーチは圧巻であった。)
 

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posted by ロンド at 16:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画・ドラマ
プロフィール
ブログネームは、ロンド。フリーの翻訳者(日英)。自宅にてiMac を駆って仕事。 2013年に東京の多摩ニュータウンから軽井沢の追分に移住。 同居人は、妻とトイプードルのリュウ。 リュウは、運動不足のロンドを散歩に連れ出すことで、健康管理に貢献。 御影用水温水路の風景に惹かれて、「軽井沢に住むなら追分」となった。