2017年06月14日

軽井沢別荘哀史


軽井沢に別荘を建てる。それは価値観が多様化した今でも、仕事をがんばってきた証です。

別荘を見ると、どんな人がどんな思いで建てたのか、その家族がどんな思いで使ってきたのか、など想像してしまいます。あの設計にしたのはなぜ、この庭にしたのはどうして、などつい詮索・・・いやインタビューしたくなります。きっといろいろな物語があるのでしょう。

ところが、追分で森の小径を散歩しているとしばしば「廃屋」のような建物を目にします。どれも建てられてから数十年は経っていると思われる建物です。さらに旧軽井沢の高級別荘地でも廃屋に近い別荘を見ることがあります。

軽井沢に別荘を持つことは、昔ならなおさらその意味は大きかったことと思います。苦労の末建てた別荘が、使われず朽ち果てるままに放置されている。どうしてだろう。不思議に思っていました。

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(自分で設計したのでしょうか。ユニークな形状の古い建物)

そこで、なぜ廃屋のような別荘が残っているのか、について自分の観察と分析、それに想像を加え(つまり勝手なことを言っている、ということですが・・・)、さらに不動産売買に関わる人から聞いた話などを合わせ、次のような「物語」を考えました。

・数十年前、軽井沢に別荘を持つことは成功の証。旧軽のような高級別荘地をのぞき、周辺地域では案外土地も手頃、また夏仕様の小さな小屋風別荘なら建築費も安い。だから意外と安価に別荘が持てたのかもしれない。大金持ちでなくともがんばって人並み以上の資産を持てた人たちも軽井沢に別荘が持てた。

・若いときは貧しかった。成功への道は、平坦ではなかったかもしれない。でも一生懸命働いて豊かになった。苦労の分だけ、成功の証である別荘での時間は、至福の一時。人生の満足感と達成感で満ちあふれた別荘での家族との避暑。

・そんな至福の時間も年と共に減っていく。老年となり軽井沢に来るのがつらくなる。そして夏仕様の簡素な建物はしだいに古くなり、使い勝手が悪くなる。

・成功者の子供たちは、生まれも育ちも大都会。大都市の利点を十二分に享受してきた都市生活者。親の苦労も田舎への郷愁も知らない。軽井沢も親とともに何度も通って、もう飽きた。軽井沢とはいえ、田舎の生活。そんな田舎の不便さは、好まない。親の「苦労して成功を手にした達成感」を共有していない子世代は、軽井沢の別荘に強い思い入れがない。

・数十年を経た別荘はすでに老朽化し、ましてや冬はとても暮らせたものではない。補修するにも限度がある。(工務店によると、冬でも使える通年仕様が標準になったのは、ここ十年くらい、とのこと。)

・親の成功は必ずしも子に遺伝するわけではない。世襲の家族経営は別として、親と同じ収入を子供が得られるようになるとは限らない。別荘の大規模補修にかけるお金は出せない。出すだけの価値も見いだせていない。

・ではなぜ売却などの処分をしないのか。古い建物があるとあまり売れない。辺鄙な場所にある場合、なおさら売るのがむずかしい。建物を取り壊して更地にすればいいが、それもお金がかかる。ほっておいても固定資産税がかかる。しかし「軽井沢に別荘があるんだ(親のものだし、もう使っていないけれど)」というちょっとした虚栄心、「そのうち土地だけでも値段が上がるかもしれない」というちょっとした期待感が、固定資産税だけは払おうという気持ちにさせるのかもしれない。

かくして、軽井沢に廃屋のような別荘が増えていく。数はずっと多いと思うけれど、建てたときから高級仕様でさらに時代に合わせ改築されてきた富豪の別荘や、収入などには関係なく親の思い入れを共有できた子世帯がいる家族の別荘(時を経ても使い続けられている別荘とその所有者である多世帯家族を時々見かけます)をのぞき、数十年前に建てられた別荘の一部は、こういう運命にあるのでしょうか。

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(旧軽にある件の富豪の別荘)

でも朽ち果てた別荘とはいえ、それは努力の証だったわけで、建てた本人にとっては夢の実現。自分が世を去ったあと廃墟となり果てても、悔いはないに違いありません。「我が人生に悔いなし!」

そのことを思うと、いつも松尾芭蕉のあの有名な句が私の頭に浮かんできます。

夏草や 兵どもが 夢の跡

今年も、生い茂った雑草と木々に囲まれた廃屋別荘を横目に、森の小径を散歩する夏の日々がやってきます。

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(追分の小径)


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posted by ロンド at 18:11| Comment(2) | TrackBack(0) | 軽井沢
この記事へのコメント
こんにちは。はじめまして喜多と申します。北軽井沢にも廃屋?や使われなくなって数年の山荘が数多く存在します。ブログ読ませて頂いて物語にとても共感しました。最近はちびっ子も部活があって夏休みでも毎日あるそうでお母さんはお弁当作りやなんやかんやで家にいるそうです、別荘に来る暇はないですよね。あと、知人が隣のずーーーっと空いてる土地を買いたいと申し出たら(建物は無い)別荘地に土地があるってのがプライドなんで何が何でも売らない!と言われたそうです・・・悲しい・・・
Posted by 喜多 at 2017年06月15日 08:08
喜多さん、はじめまして。コメントありがとうございます。
喜多さんがおっしゃるように、現代は生活が多様化して、休みになると別荘に来るより、他にたくさんするべきこと、したいこと、行きたいところ、があるんでしょうね。
廃屋でも土地だけでも、固定資産税を払ってもらえれば、自治体や住人にとってはありがたいことですが(軽井沢もそのおかげで、地方交付税をもらわずにやっていけてる、と聞いています)、ほしい人が買えないのは残念ですよね。
娯楽が多様化している、とはいうものの、追分でも別荘がどんどん建っています。
それなりに需要はあり、増え続けているのですね。
今度、喜多さんお薦めの北軽のおいしいパン屋さんに行きたいと思います。
Posted by ロンド at 2017年06月15日 11:24
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プロフィール
ブログネームは、ロンド。 2013年に東京の多摩ニュータウンから軽井沢の追分に移住。今年還暦に。 同居人は、妻とトイプードルのリュウ。 ロンドは、フリーの翻訳者(日英)。自宅にてiMac を駆って仕事。 リュウ(13歳)は、運動不足のロンドを散歩に連れ出すことで、健康管理に貢献。 御影用水温水路の風景に惹かれて、「軽井沢に住むなら追分」となった。