2018年04月15日

私を泣かせてください


翻訳は、締切に追われ、単調だが極度な集中が必要な作業。そんな緊張や疲れを癒してくれる音楽がある。
 
その一つが「私を泣かせてください」。
 
「ラッシャ・キオ・ピアンガ」で始まる悲しく美しい旋律のこの曲は、ヘンデル作のオペラ「リナルド」で歌われるアリア(独唱歌)。

出だしの Lascia ch'io pianga(私を泣かせてください)は曲名でもあり、mia cruda sorte(私の過酷な運命)と続く。イタリア語の piangere は「泣く」の意味もあるが、「・・を嘆き悲しむ」の意でも使われる。ここでは後者の意味。だから「私を泣かせてください」はセンテンス全体からすれば、中途半端な訳になる。もう一つの曲名「涙の流るるままに」の方が意訳としてはいいかもしれない。

とても有名なアリアなので、知っている人も多いと思う。

私がこのアリアを最初に聞いたのは映画「カストラート」においてだ。これは1994年のフランス映画で、実在したカストラートのオペラ歌手ファリネッリ Farinelli(本名カルロ・ブロスキ)の半生を描いた作品である。

このアリアが特に悲しく響くのは、同映画で歌われたからだろう。
 
カストラートとは、非人道的手段(特殊な外科手術)により、「天使の歌声」ボーイソプラノの声を持ったまま大人になった男性オペラ歌手のこと。4オクターブの音域を持ち、男性の大きな肺活量と声の力強さを持った夢のオペラ歌手である。16世紀から18世紀ごろまで存在した。

ファリネッリは特に有名で、その美声と歌唱技術は誰をも魅了したと言われ、カストラート史において最高クラスのオペラ歌手とされている。その様子はこの映画でも描かれている。正確な音程、長いブレス、朗々と響く豊かな音量。劇場では、彼の声を聞いて失神する女性もいたという。

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(ファリネッリの肖像画。美男でもあったファリネッリは、上流階級女性の、今で言う「アイドル」だった。)

映画「カストラート」において「私を泣かせてください」が歌われているシーンでは、カストラートにされた彼の子供時代がクロスオーバーで映され、「私の過酷な運命を嘆き悲しませてください」という歌詞がそのままファリネッリの人生に当てはまる。

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(オペラハウスの装飾は、音の拡散に効果的だった。)

同映画では曲調も悲哀に満ちていた。

サラ・ブライトマンやクロエ・アグニュー(ケルティック・ウーマンのメンバー)など、多くの歌手がこの曲をカバーしている。サラ・ブライトマンの高音であっても澄んで落ち着いた声は、私の仕事のバックグラウンドミュージックにピッタリだった。
 
サラの「私を泣かせて・・」はどちらかというとオペラ的な歌い方をしているので沈んだ雰囲気がある。ケルト音楽を専門とするポップシンガーのクロエが透明感のある明るい声で歌う「私を泣かせて・・」も最近よく聴いている。

現在ではカストラートは存在しないので、今彼らの歌声を再生できるオペラ歌手はいない。同映画では、ファリネッリの歌う声はすべて男性のカウンターテノールと女性のソプラノの声を合成したものである。

人為的カストラートは存在しないが、自然の状態でカストラートに匹敵する声を持つ男性はいるという。声変わりしないで大人になるという特異体質のなせる技だ。日本では、岡本知高がそうだという。iTunes Music で彼の「私を泣かせて・・」を聴くと、確かにすばらしい高音だ。

だが、そんな彼でも「3オクターブ」というから、「4オクターブ」と言われている実際のファリネッリは、すでに「神の領域」に踏み込んでいたのかもしれない。彼がもし現代にいてアリアを歌ったら、失神する人(女性ファン)が続出するに違いない。

Viva Farinelli! 


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posted by ロンド at 17:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽
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プロフィール
ブログネームは、ロンド。 2013年に東京の多摩ニュータウンから軽井沢の追分に移住。今年還暦に。 同居人は、妻とトイプードルのリュウ。 ロンドは、フリーの翻訳者(日英)。自宅にてiMac を駆って仕事。 リュウ(13歳)は、運動不足のロンドを散歩に連れ出すことで、健康管理に貢献。 御影用水温水路の風景に惹かれて、「軽井沢に住むなら追分」となった。