2018年10月13日

アントニウスとクレオパトラ - ある愛の形


「太陽が空から落ちてきても、海が突然干上がってしまっても、あなたが私を本当に愛してくれるなら、何があっても私はかまわない」


たぎるような熱い想いを歌うこの曲のタイトルは、If you love me, really love me.


かなり前から聴いてはいたが、実はこの曲がエディット・ピアフの名曲「Hymn a l’amour 愛の賛歌」の英語バージョンだったとはしばらく気が付かなかった。

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(エディット・ピアフ。フランス語で「小鳥、スズメ」を意味する piaf の芸名通り小柄だった。)(Wikimedia Commons)

「愛の賛歌」は、愛する男(ひと)に愛されて、添い遂げたいひたむきな女性の歌と理解していたし、ピアフの歌い方は、フランス語独特の発音と相まって、悲痛とも感じる恋慕の情で溢れていた。ブレンダ・リーなどが歌う明るく、どちらかといえば牧歌的な感じの英語版とは雰囲気がかなり異なっている。


私が If you love me, really love me をじっくり聴き始めたのは10年くらい前だろうか。素直なリズムのラブソング。仕事のバックグラウンドミュージックとしてはちょうど良い。


冒頭の英詞は以下の通り。英語の曲として聴いて初めて歌詞が頭に入ってきた。


  If the sun should tumble from the sky
  If the sea should suddenly run dry
  If you love me, really love me
  Let it happen, I won’t care

英語の歌詞はオリジナルのフランス語歌詞にもとづいているが、少しだけ異なる。韻を踏んだりする必要もあったのだろう。


If you love me と原曲 Hymn a l’amour の詩を一緒にまとめてみた。


大地が崩れても、太陽が空から落ちても、海が突然干上がっても、
あなたが私を愛してくれれば、すべてをなくしても、かまわない。

あなたが望むなら、何でもする。月に行って宝を盗んでこよう、
流れ星を取ってきてあげる。母国も友人も捨ててもいい

私たちの命が尽きても、あなたと永遠を分かち合う。あなたが私を
愛していてくれるなら、何が起きても気にしない。

ここで、はっと気が付いたことがあった。


私は大のローマファン。十代のときからローマ(帝国)やイタリア関係の本はいろいろ読んできたし、近年では塩野七生著「ローマ人の物語」も全部読んでいる。


私のお気に入りは、カエサル、そしてローマ帝国初代皇帝となるオクタヴィアヌス。何よりオクタヴィアヌスを生涯かけて支えた盟友アグリッパが私にとって英雄である。


カエサルの実直な部下だったマルクス・アントニウスは、欧米では意外と受けがいい。何と言っても、シェークスピアの戯曲「アントニーとクレオパトラ」の主人公であり、悲劇の主人公だからだ。


カエサル暗殺後、跡目を継ぐのは自分だと思っていたアントニウスは、カエサルが大甥で18歳の無名の青年オクタヴィアヌスを後継者に指名していたことを知り愕然とする。


オクタヴィアヌスは虚弱体質ながらも、カエサルが見込んだだけあって、同年代の屈強で戦術に長けた側近アグリッパの支えもあり、卓越した精神力と知力を示し、アントニウスに対抗することができた。アントニウスの転落は、カエサルの愛人だったエジプトの女王クレオパトラと組んだときから始まった。


二人の結末は有名。シェークスピアの「アントニーとクレオパトラ」や数々の映画やドラマでも知られている。「クレオパトラが自殺したと聞き、アントニウスは自死を選ぶ。だが、クレオパトラは実は生きていたと知り、息絶え絶えで何とか彼女の元にたどり着き、女王の腕の中で死ぬ。結局クレオパトラも彼の後を追った」という悲劇である。


以前から、私のアントニウス評は、「偉大なる戦略家カエサルの命令を実行する限りは、優れた軍人であり、どんな兵士にも平等に接し、皆から頼りにされた兄貴分」程度であった。


そしてある時、If you love me, really love me を聴き歌詞を読んだ瞬間、私の頭の中で「愛の賛歌」とアントニウスが結びついたのだ。

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(アントニウス(左)とクレオパトラ(右)の彫像)(Wikimedia Commons)

歌詞がまるでアントニウスの独白ではないか。


ボスのもとでの、頼りになる兄貴分だったのが、クレオパトラに近づき、大胆にも自分がローマの頭領になろうとした。

「君が望むなら、月に行って宝を盗んでこよう(フランス語版)、流れ星を取ってこよう(英語版)」

クレオパトラとともに、エジプトを含めた東方ローマ領の覇者となって、ローマ市民から売国奴と罵られた。

「君が望むなら、母国も友人も裏切ろう(仏)」

ローマに刃向かうパルティアを成敗しようとしたが失敗し、オクタヴィアヌスとの雌雄を決するアクティウムの海戦でも敗れ、先に逃げたクレオパトラを追って戦場を放棄した。

「すべて失っても、笑ってすまそう(英)」

そしてクレオパトラの腕の中で死ぬ。クレオパトラも後を追う。

「君が遠いところで死んでしまっても、大丈夫。ぼくも君のところに行くから(仏)」
「二人の命が果てても、永遠に君と一緒(英)」

カエサル亡きあと、生きる道を失ったアントニウスは、カエサルの愛人であったクレオパトラを手に入れ、彼女に愛され(たと思い込み)、彼女の腕の中で死ねたのだから、幸せな男だったのかもしれない。


クレオパトラが本当にアントニウスを愛したのかわからない。ただ御しやすいと思ったから籠絡したのかもしれない。クレオパトラは死にゆくアントニウスをその腕で抱きかかえながら、何を思っていただろうか。互いの実利から同盟を結んだという冷徹な計算を超えた感情があった、と思いたい。


アントニウスの最期の思いは、"Non, je ne regrette rien"* そのものだったにちがいない。

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(映画「エディット・ピアフ - 愛の賛歌」)

* Non, je ne regrette rien(意味は「私にまったく悔いはない」)というタイトルのこの歌は、エディット・ピアフ(1915-1963)が病を押して行ったオランピア劇場でのコンサート(1961)で歌った曲の一つ。マリオン・コティヤールがピアフを演じ、アカデミー主演女優賞を取った映画「エディット・ピアフ - 愛の賛歌」(2007)では、「悔いはない」という彼女の人生全体を象徴する歌として描かれ、同劇場にてこの歌を歌いきったところで、映画は幕を閉じる。



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posted by ロンド at 16:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽
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プロフィール
ブログネームは、ロンド。 2013年に東京の多摩ニュータウンから軽井沢の追分に移住。今年還暦に。 同居人は、妻とトイプードルのリュウ。 ロンドは、フリーの翻訳者(日英)。自宅にてiMac を駆って仕事。 リュウ(13歳)は、運動不足のロンドを散歩に連れ出すことで、健康管理に貢献。 御影用水温水路の風景に惹かれて、「軽井沢に住むなら追分」となった。