2019年01月04日

20カ国語ペラペラ

私は日本語さえ「ペラペラ」しゃべれないのに(舌足らずなので)、世の中、しかも日本に20カ国語もペラペラしゃべれる人がいるのだ。

中学生の頃、「20カ国語ペラペラ」という本を書店で見つけた。著者は種田輝豊。むさぼるように読んだ。たぶんこの本に出会わなければ、今の私はないだろう。

私も種田氏を真似て、学校で学ぶ英語以外の言語に手を出した。入門書を買って勉強した言語は、イタリア語、フランス語、ドイツ語、ロシア語、中国語、韓国語。

モノになった言語は、恥ずかしながら一つもない。私には種田輝豊さんほどの能力も才能もなかったのだ。

だが、語学は楽しかった。何が楽しいかといえば、文法や単語を知ることにより、ただの無意味な記号が、突然意味を持って目の前に広がることだ。新世界が現れる、と言える。

さらに、異なる文法や発音や言葉のセンスが身につくことは間違いない。「文法がわからない」というのは誤解で、あれは「わかるもの」というより「受け入れるもの」なのだ。

単語の意味、構造、由来などにも興味が湧き、造詣が深くなる。そういうセンスや知識は、翻訳や通訳をやっている者にとっては、トリビア以上の価値がある。

さて、英語以外に最初にかじったのはイタリア語。中学2年の頃、白水社「イタリア語入門」という自習書を買って勉強し始め、一時は英語より多くの単語を知っていた。

例えば、famoso(ファモーソ) は「有名な」だが、英語では famous。英語にはたくさんイタリア語に似た単語があるのを知って驚いた。important は importanto(インポルタント)、necessary は necessario(ネチェッサーリオ)。

学生時代、銭湯で湯船に浸かって「100」を数えてから出ることにしていた。1から100までイタリア語で(uno, due, tre, quattro, cinque, sei,..... cento)。だから今でもイタリア語で1から100までは言える(覚えている)。

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(古代ローマの中心部「フォロ・ロマーノ」。ここにも行ったが、仕事に必死だったため、よく覚えていない。イタリアは今でも一番行きたい国。)

ドイツ語は、NHKのラジオドイツ語講座を聞いた。そのスキットは、今であれば「炎上」ものだ。なぜかといえば4月開講レッスン初日のフレーズが Rauchen Sie?(英語では Do you smoke?)だったからだ。

なぜ講師は「タバコを吸う」の動詞を最初に選んだのだろう。高校1年だった私は、のっけからドイツ語で「あなたはタバコを吸いますか」を覚えさせられたのだ。(ドイツ語 rauch「煙」 と同語源の英語は reek「悪臭」)。

そのおかげかどうかわからないが、これまでタバコを吸いたいと思ったことは一度もない。

フランス語は、イタリア語からの類推で文法的にはある程度わかったが、同じラテン語から変化した言語としては、イタリア語とずいぶん文法も発音も異なっている。

例えば、フランス語は、70、80、90に相当する数詞がない。「70」は「60 + 10(soixante-dix)」、「80」は「4 x 20(quatre-vingts)」、そして「95」は「4 x 20 + 15(quatre-vingt-quinze)」という(かつて使われていた20進法の名残という)。

添乗員としてパリに行ったとき、数詞は全部覚えたはずだった。ちょっとした自由時間、喉が渇いて売店にジュースを買いに行った。値段は書いてなかったが、聞けばわかる、と思った。売店のおじさんに「Combien?(いくらですか)」と聞いたはいいが、答えのフランス語(数詞)がまったく理解できなかった。焦ったが、「Pardon? パルドン=すみません(sorry)」を繰り返すしかなかった。そしたら、最後には英語で値段を言ってくれ(うろ覚えだが、80前後の数字だったと思う)、無事喉を潤すことができた。

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(パリ中央部にある傷病兵を看護する施設だった「廃兵院」(通称「アンヴァリッド」)。この近くの売店だった。)

フランス人はフランス語に誇りを持っている。「フランスがアラスカを買うという案があったのだけれど、結局買わなかった。あれを買っていれば、北米大陸の北半分はフランス語圏になって、フランス語の力はもっと大きくなったかもしれない」という歴史談義もフランス人から聞いたことがある。

こちらが片言でも一所懸命フランス語で話そうとすれば、英語嫌い(現在でもその傾向はあるという)のフランス人も「じゃあ、英語で話してあげるよ」と素直に英語で話してくれるのだ。

ギリシャに行った時も、最初は不機嫌そうに見えたツアーバスの運転手は、休み時間、私がガイドブック片手にギリシャ語で話しかけると、次第に表情が緩み、話が通じなくなると片言の英語を使ってくれた。

英語嫌いのフランス人でなくても、最初から英語でガンガン来られたら、引いてしまう(だからアメリカ人は厚かましくて煙たがられている、と聞く)。片言でもいいから一所懸命相手の言葉を話そうとすれば、嫌がらずに「共通語(英語)」を使ってくれるのだ。

言葉というのは、心を通わせる力がある。

相手の心を掴むのなら、まず相手の言葉を(片言でもいいから)使う、そこからコミュニケーションが始まる、ということを実体験として知った。

最近の若者は国外に興味がないという。「本当ですか」と知人の大学教授に聞いたら、「本当だ」と言われた。

この国際化時代なのに、私は理解できなかった。日本国内にいて日本のことだけやっていて満足なのだろうか。「日本は素晴らしい」論があちこちに出ているが、そのまま信じているのだろうか。

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(国際都市シンガポールの街並みと人々。シンガポールには二度行った。)

私は「英語で食えるようになる」ことを目標にしたので、多言語を実際に使う機会は減ってしまった。能力的にとても種田さんには及ばないので、多言語のプロにはなれなかったろうが、もしもっと多文化・多言語を体験する道を選んでいたら、コミュニケーション上は「ポリグロット(polyglot = 多くの言語を使える人)」になれたかもしれない。

外国の人々と彼ら自身の言葉で話すことはとても楽しい。自分の見識も広がり、この世界はとても広いことが実感できるはずだ。

種田輝豊さんの「20カ国語ペラペラ」に刺激され、語学にのめりこんだ。英語以外モノにはならなかったけれど、得たものは大きかった。

(「いつからの習慣か覚えていないが、手帳のメモは全部アラビア語で書いている」と同著にある一文を読み、「なんてかっこいいんだ」と憧れた種田輝豊さんは、2017年、79歳でアメリカにて逝去されたとのこと。May he rest in peace.)


読んでいただきありがとうございます。

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posted by ロンド at 16:56| Comment(2) | TrackBack(0) | 国際
この記事へのコメント
私の記憶が正しければ・・・
種田さんの基本的外国語学習法は
1) テキストを見ずにまず5回集中して聴く, 2) 次にテキストを見ながら5回聞く, 3) そしたら今度はテキストの内容を集中攻撃する。
こんなシンプルな方法もまねできない人が世の中には多いんですね。というか本も読まず音読もしないし、英語のシャワーも浴びない、これで「なぜ自分は語学(多くは英語)ができないのか?」と真剣に(?)悩んでいるおめでたい人たちのなんと多いことよ。
アウトプットの前にまず(大量の)インプット、という方法以外で語学をものにした人に、死ぬ前に逢ってみたいものです。
Posted by カプリシャスなカプリコーン at 2019年01月14日 10:28
このあたり、どうも多くの日本人は基本的に誤解していることがあるのではないか、と思います。一部の人をのぞいて、「英語は実際には必要ない」から、語学の基本的練習法を実践できないのでは。それに多くの勉強法は「英語国に住んでいる、または住むこと」を前提にしているので、多くの日本人にとっては合っていない。

そして、英語が周りになく必要もなく義務もないのであれば、どうしてがんばれるでしょうか(もちろん、必要な人は必死でやるし、好きな人はめげずに続けるから、英語が使えるようになる)。英語が必要なくても生きていけるということは、日本はやはり経済・文化大国なのだと思います。
Posted by ロンド at 2019年01月14日 21:17
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プロフィール
ブログネームは、ロンド。 2013年に東京の多摩ニュータウンから軽井沢の追分に移住。今年還暦に。 同居人は、妻とトイプードルのリュウ。 ロンドは、フリーの翻訳者(日英)。自宅にてiMac を駆って仕事。 リュウ(13歳)は、運動不足のロンドを散歩に連れ出すことで、健康管理に貢献。 御影用水温水路の風景に惹かれて、「軽井沢に住むなら追分」となった。