若い頃、ブランドには縁がなかった。名前もほとんど知らなかったし、興味もなかった。
ある時から仕事柄、ちょっとだけブランドに詳しくなった。それは添乗員をしていたとき。ツアー客の目的の一つが「海外のブランド品を安く買う」ことだったからだ。たいていどこに行っても「免税店」があり、安くブランド品が買える。衣類等では「グッチ」「ラルフ・ローレン」「ティファニー」「コーチ」「アルマーニ」「ルイ・ヴィトン」「エルメス」「ディオール」などなど。お酒では「シーバスリーガル」「ヘイグ」「レミーマルタン」などなど。
(Jana Segetti という、ペテルスブルク(ロシア)のブランドが開いたファッションショー。Jana Segetti という非ロシア的な名前は、前半が設立者関連の名前にちなみ、後半がハンガリー語の「境界」という意味とのこと。いかにも今風の無国籍的命名だ。)(Photo by Pixaboy)
それまで聞いたこともなかったブランド名をいろいろと知るようになった。もっとも「知る」だけで、自分で買ったり使ったり飲んだりすることはなかった。免税と言ってもまだまだ高額だし、その価値もわからなかった。
スイスのジュネーブに行ったとき、ツアー客を連れてとある免税店に寄った。もちろんツアーの旅程に入っている。買い物後、チーフ添乗員がコミッションを受け取った(コミッションは合法なもので、旅行会社に渡される)。スイス人店長は、私が新人添乗員でスイスに来たのは初めてだと聞くと、ねぎらいの意味かビーニー帽(つばのない耳まで覆えるニット帽子)をプレゼントしてくれた。ブランドはクレージュ(Courrèges)。ちょうど冬だったので、旅行中重宝した。そのビーニー帽は何と30年以上たった今でも使っている。日本で買った他のビーニー帽は数年経つとよれよれになり毛玉だらけになる。それほど高価な物ではなかったと思うが、クレージュ製品の品質の良さには驚いている。
添乗員をやめてからは、「ブランド」という名前は私の生活から消えてしまった。身近なブランドは愛用していたが。例えば「グンゼ」とか・・・。
ところが、フリーランス翻訳業を始めて数年目に、とある翻訳を依頼された。それは、「(横文字の)ブランド名」を日本語にする仕事だった。
今みたいに、簡単にちゃちゃっとググることなどできない時代だったので、どうやって調べたのか、思い出せない。いろいろ人に聞いたりもしたのだろう。苦しんだおかげで、ブランド名の読み方に詳しくなった。
その時、読み方に苦しんだブランド名には、次のようなものがあった。
「Loewe」「Aquascutum」「Versace」
Loewe なんて、一体何語かもわからなかったが、何とか調べて判明した。「ロエヴェ」だった(日本の表記としては「ロエベ」)。単語としてはドイツ語なので、w を「ヴ」と読む(ドイツ語の w は英語で言えば v の発音。だから日本人の「わかこ」さんはドイツでは「バカコ」さん、というジョークがある)。
Aquascutum はもともとラテン語で、aqua が「水」、scutum が「楯」。合わせて「防水」を意味するそうだ。このブランドは英国なので、読みは「アクアスキュータム」と英語的に読む。
Versace はイタリアのブランドなので「ヴェルサーチェ」と発音し、日本でのブランド名も同じだが、英語では「ヴァーサーチ」という感じで発音されている。
かつてテレビで見たアメリカ映画で、タイトルも内容も覚えていないが、モデルになりたくて都会に出てきた田舎娘が、ファッション関係の男性らと話していて、「私は Versace が好き」と言う。だがその発音は「ヴァーセイス」だった。当然彼女はバカにされた。
Versace を普通に英単語として読めば、「ヴァーセイス」になるので、ファッション雑誌などで見ていても、実際に発音される音を聞いたことがなければ、そう読んでしまっても不思議ではない。
翻訳したブランド名はもっとあったと思う。そこから学んだのは、「何語の発音か」で名前の読みが変わるということ。ブランド名はヨーロッパの言語が使われることが多い。「20カ国語ペラペラ」でも書いたが、何カ国語もかじっていたおかげで、どうやって読むか、コツを掴むことができた。
一般のアメリカ人にとっても、Versace の例もあるようにヨーロッパ系のブランド名は発音しにくいと思う。なまじ「横文字」なので、英語のつもりで読んでしまう、のは当然である。
例えば、Hermes は日本人は横文字でなくカタカナで読むので「エルメス」と言えるが、もともとギリシャ神話の神「ヘルメス(ヘルメース)」なので、アメリカ人は「ハーミーズ」と読んでしまう。ところがブランドとしてはフランス語なので、h は「無音」になる。アメリカ人も、「読み方」を習わないと、前述の映画みたいに、笑われかねない。
その逆が Nike である。これもギリシャ神話の神「ニケ」だが、アメリカのブランドなので「ナイキ」と発音される。英語以外のヨーロッパ言語では「ニケ」と発音されるので、彼らはブランド名としては「ニケ」ではなく「ナイキ」と言わないとわかってもらえない。
日本はそういう問題がなくて楽ではある。ブランド名はカタカナ表記になっているからだ。
我が家のワンコが大好きな「格好の散歩場所」である軽井沢プリンスショッピングプラザは、ブランド名店街である。200店を超える店があって、それぞれブランド名を掲げている。

(「ツリーモール」のブランド店街。我が家のワンコはどの店にも当然のように入ろうとする。本人はスリングバッグかペットカートに入らなければならないのだが。10連休終了直後の平日、真冬より少ない人出だった。これから新緑、夏休み、紅葉と続く。たぶんこんな日はもうない・・・。)
ブランド店が軒を連ねるモールを歩きながら、クセでつい「ブランド名」を読んでしまう。
「ニューウエスト」に、リズムの良いブランドがある。「サマンサタバサ」だ。これは日本のブランドで、米TVドラマ「奥様は魔女」の「サマンサ」と彼女の娘「タバサ」から取った名前だという。綴りは Samantha Thavasa。「タバサ」はドラマでは Tabatha だが、そっくり同じにすると商標上問題が出てくるから Thavasa に変えたのだろうか。それにしても「サマンサタバサ」はリズムにのって発音したくなる名前である。
「コムサ(comme ça)」も日本発の不思議なブランド名だ。「コムサ・デ・モード」「コムサ・イズム」など、いくつものブランド名がある。comme ça はフランス語で、「like that」というような意味。どうしてそんな単語を選んだのだろう。かなり前から目にしているブランド名なので、気になっていた。プリンスショッピングプラザには、その飲食バージョン「カフェ・コムサ」がある。
ブランド名の命名法は、日本のみならずどの国でも同じようだ。どこかしらかっこ良い響きで、場合によっては何語かわからず、どう読むかも作り手次第である。
職業病なのか、ブランド名を見ると、読んで見たくなり、その語源などを調べたくなる。ところが、そのブランドが何を扱っているのか、となると、もともと興味がないので例えば「着る物だろう」程度で心もとなくなる。
「ブランド読みのブランド知らず」とは私のことである。
読んでいただきありがとうございます。

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