2017年04月16日

根雪くん、さよなら

この冬、初めて雪が降ったのは、昨年11月24日。軽井沢は積雪23センチ。

11月に雪が降るのは、軽井沢でもそれほどめずらしくはないようですが、10センチを超えたのは、1988年以来。
20センチ以上の積雪は、過去何十年も記録にありません(気象庁のオンラインデータによる)。

今年に入って1月8日からの断続的な降雪で、累積積雪37センチに。
我が家の南面にあるウッドデッキの雪は積もったらすぐ除雪。屋根から落ちてくる雪もその都度除雪していました。

snow(1/19).jpg
(今年の、雪の海に浮かぶ除雪されたデッキ)

昨年、この家に越してきて初めての冬。デッキに降り積もった雪をそのままにして、1ヶ月近くも溶けずに凍り付かせてしまい、デッキが腐る!!とあわててツルハシを振り下ろし・・・デッキまで掘ってしまいました。

LiuDeck.jpg
(昨年の、庭かデッキかわからない雪原)

IMG_9371.jpg
(氷をはがしたら、傷だらけ塗装はげだらけ)

北側は、当然ほったらかしです。屋根から落ちてきた雪で、1メートル以上積み上がっていました。

陽があたる部分は、3月中旬ですべて溶けています。
しかし北側は、まだ50センチは積み上がったままです。

17).jpg

3月26日の大雪では再び累積積雪32センチになりましたが、これは気温も高くなっていたので、数日で溶けました。

しかし北側に雪は積もったまま。これが根雪と言うんだ、いつ溶けるのかな、と楽しみにしていました。

4月5日はまだこんな状態。

IMG_9186(4-5).jpg

4月11日もまだまだ。

IMG_9296(4-11).jpg

そして4月15日。

15A).jpg

今日の夕方、ついに根雪が消えました。

15B).jpg

これで雪にさようなら・・・ですよね。



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2017年04月08日

ビールは、「雷電」

ビールの季節が来た!

我が家のビールは軽井沢(と東御)の地ビール。春の季節ビールがツルヤにありました。

昨日、今年一番の暑さになったので、今年初めてビールを飲みました。

我が家は軽井沢地域の地ビールしか飲みません。

お金持ち〜じゃなくて、360mlの缶で夫婦二人がほろ酔い気分になれ、しかも毎日飲むわけではない。
つまり、あんまり消費しないので、ちょっと高くても家計に響かないのです。
それにどうせちょっとしか飲めないのであれば、おいしいものが飲みたい。

弱いくせに、ビールにはちょっとだけこだわっています。個人的に「モルト」系が好きです。

「軽井沢ビール」は、麦芽(モルト)たっぷりの芳醇な味わいのビール。初めて飲んだとき「うまい!」と感激でした。

東御の「オラホビール」は「エール系」が多く、あのさわやかな苦みと香りに、一瞬で魅了されました。

ツルヤのビール品揃えは、地ビールがすごい。

IMG_2111.jpg


一番左のオラホビール「ビエール・ド・雷電」は春バージョンの「ホワイトエール」。

threebeers.jpg


東御といえば、江戸時代の偉大な相撲取り雷電が永遠の地元ヒーロー。
サンライン沿いの道の駅「雷電くるみの里」には、雷電の象も立っています。そして、近くには雷電の生家もあります。

raiden_new.jpg
(家の中には土俵があります。中は見学可能です。)

彼が実家を建て直し、それが現代まで残っていたのです。ただ朽ちる寸前になっていたので、昭和59年に復元されました。

raiden_old.jpg
(これが展示してある朽ちる寸前の生家の写真。よく倒れませんでしたね。)

身長197センチ、体重172キロ、勝率9.62割。相撲史上最強の力士と言われているそうです。

オラホビール「雷電」を飲んでいると、力が湧いてきそうな気持ちになります・・・(ハイな気分)。
ちょっと飲み過ぎると、頭が痛くなってしまいます・・・(情けない気分)。


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posted by ロンド at 16:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年04月07日

軽井沢はかつて草原だった

森のリゾート地、軽井沢。どっちを向いても森。追分も森。

追分に来てから読んだ本「日本列島草原1万年の旅 草地と日本人」が衝撃的でした。「かつて軽井沢には草原が広がっていた」というもの。

昭和初期まで、軽井沢は草原や湿地であふれていたのです。堀辰雄の「風立ちぬ」にも草原の描写が出てくる。昔の写真を見ても、確かに草原。

ご存知の通り、江戸時代は日本中、はげ山が多かった。理由は「暖房や産業で使う薪」が大量に必要だったからです。
(もっとも江戸時代中期以降は、はげ山による土砂災害が増えたので、幕府や諸藩は伐採規制を強化したようです。)

でも最近の研究によると、縄文時代から日本中で「草原や湿地」が意図的に維持されていたのです(縄文人たちは野焼きも行っていた)。その結果生じた「開放的で明るい、草原と森林のモザイク状植生」では、クリなどの堅果類が豊富に採れ、ワラビなどの山菜類も豊富。さらにイノシシ、ニホンジカ、ノウサギなども繁殖しやすく、しかも狩猟しやすかった。

そうだったんだ。

弥生時代になると、「馬の放牧」などが主な理由で草原が維持されていました。これはわかります。軽井沢も日本有数の馬の産地でしたから。

grassland+woodland.jpg
(参考写真)

さて、ちょっと心配なことが。「軽井沢はかつて草原であふれていた」を「森の木々を伐採してもいい」の理由として悪用する人たちがいると聞きました。

でも、それは違います。確かに「草原の面積」は減りましたが、かつての「森林ではない面積」はすでに現在の市街地でことたりている、と私は思います。だからこれ以上森を減らすのは、間違いです(すみません、自分のことは棚に上げて・・・・)。

縄文時代から上記のような理由で草原や湿地帯が日本中で維持されていた。でも日本は自然が豊かなので、ほっとくと森だらけになる。だから減りつつある「草原の植生」を取り戻すべき、草原で生きてきた昆虫や植物(現在、絶滅に向かっている)を復活させよう、という動きがあるそうです。

取り戻すのは森だけではないんですね。

森であふれる追分も100年まえは草原だったかもしれない。近隣に林立する木々は、せいぜい50歳くらいのようですから。ああ、もちろん900年前は焼け野原でしたが・・・・。


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posted by ロンド at 18:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
プロフィール
ブログネームは、ロンド。フリーの翻訳者(日英)。自宅にてiMac を駆って仕事。 2013年に東京の多摩ニュータウンから軽井沢の追分に移住。 同居人は、妻とトイプードルのリュウ。 リュウは、運動不足のロンドを散歩に連れ出すことで、健康管理に貢献。 御影用水温水路の風景に惹かれて、「軽井沢に住むなら追分」となった。