2020年07月01日

大都会を逃れどこに移住しよう


楽し都、恋の都、夢のパラダイスよ、花の東京

藤山一郎歌う「東京ラプソディ」は、今でもまさしく東京を正しく形容している、はずだが、今回のコロナ禍で「移住したい」と思う人たちが増えているという。

大都市圏では、人が多すぎて感染のリスクが大きいことがわかり、「やむを得ずテレワーク」した結果、家族と過ごす時間の大切さを実感した、ということだろう。

移住候補地として関東近隣各地が挙げられている。

気候の暖かいところがいい、海の見えるところがいい、風光明媚なところがいい。好みは様々だ。

だが、東京が「花の東京」ではなく「酷な東京」に感じられたのは、「コロナ禍」のせいだけなのか。

7年前、我が家が東京の多摩ニュータウンから軽井沢に移住した最大の要因は、3.11、東日本大震災である。

ちなみに自宅で実務翻訳に携わる私の専門は、土木・建築およびそこから派生する河川、道路、災害など。仕事を通じ、「自然災害」「災害による被害」「地震と建物の関係」などの(一般公開されている)知識が身についた。

だから、どんな地震が東京に来そうか、その時の震度はどのくらいか、そういう地震が来たらどんな建物がどんな被害を受けるのか、そういう予測データは持っている。

読者を怖がらせるつもりはないが、はっきり言わせてもらうと「震度6強で1981年以前に建てられた旧耐震基準での建物は、かなりの被害を受ける」(つまり、半壊以上)ことがわかっている。

国や東京都が想定している直下型、海溝型、活断層型の地震では、広範囲で震度6強以上の強震に襲われる。旧耐震の建物はまだまだ多いのだ。

では新築で被害を受けないのならいいのか。3.11で数百万の「帰宅困難者」が出た。もし交通インフラが長期間遮断されたら、どう帰宅するのか、さらに誰がどうやって食糧を都民に届けるのか。

それだけではない。大規模地震が起きたら、富士山も噴火する可能性が高いと言われている。マグマや火砕流は東京に届かなくても、火山灰は風向きから言って関東方面に流れることが多い(1707年の宝永噴火では江戸に降った灰は厚さ最低2センチと言われている)。1センチでも積もったら、どうなるか。すでにシミュレーションで結果は出ている。火山灰の微粉で肺や目に被害を受け、電気も水も止まり、食糧も枯渇し、逃げることさえできない1400万人はどうなるのだろうか。

東海地震、南海トラフ地震などのプレート型地震では、津波が必ず起きる。「海の見える景勝地が移住先候補」なら、震度6以上の揺れとそれに続く津波を覚悟しておく必要がある。

そんなリスクがあっても気にしない、「花の東京」で生きたい、という人は別にして、本気で「移住したい」と思っている人は、自分で住む場所を選べるのだから、どんな場所なら本当に安心安全なのか考えることが重要ではないか。

地方都市ならどこでも良いわけではない。災害大国日本では、活断層、土砂災害、津波など災害リスクはどこでもある。

じゃあ、津波が来ない内陸で、活断層がないところ、洪水や土砂災害がなさそうなところはどこか(例えば各地の活断層図やハザードマップなど調べればわかる)。

私が住む軽井沢の追分は、そういうところだ。軽井沢を含む佐久地域は、活断層が存在しない(と言われているし、過去に大規模直下型地震が起きた記録もない)(「ちょうどよい軽井沢」)。

どんな大規模地震が起きても、佐久地域は最大震度5強程度と予測されている(例えば「南海トラフ被害予想」)。5強では、通常被害はそれほど多くない。けっこう平坦な地形が多いので、川沿い、崖沿い、急斜面地など避ければ、洪水や土砂災害に対しても安心できる。

環境も良い。私は「安心して犬と散歩ができる街」が理想の居住環境だと思っていて、その点では多摩ニュータウンはまさに理想だった。車道も歩道も広く、街路樹が植えられ、あちこちに緑生い茂る公園があり、芝生で犬が自由に散歩できる。

普通の田舎も緑は多い。だがそれは居住区とは隔絶された「森」「山」であり、気軽に犬と散歩できるような「歩道」「公園」は少ない(最初からそういうふうに作られていない)。

ところが軽井沢は違った。旧軽井沢を始め、市街地や住宅地は森に囲まれている。「別荘地」として整備された森だから、密生せず、道が通り、車はあまり通らず、ゆっくり散歩できる。

コロナ禍で「外出自粛」もなんのその。人が少ないので、いつでも散歩でき、素晴らしい「森林浴」ができる。

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(誰もいない冬の散歩道。追分の御影用水温水路)

問題は仕事があるかどうか。我が家周辺は「テレワーク」自営業が多い。私のように、パソコンとネット環境があればどこでも仕事ができる人たちだ。

軽井沢を含めた佐久地域は、「手に職」の人にとっては働きやすい場所である。

まず「食」の職人といえば、シェフ、パティシエ、ブーランジェ(パン職人)。軽井沢は「おいしいものを食べてもらう」という精神が伝統になっていて、個人(家族)経営の自宅兼店舗というお店も多い。特にパンがおいしい。ケーキも、佐久市は日本三大ケーキの街の一つに数えられているほど、おいしいお店が多い(他の二つは神戸と自由が丘)(「そうだ 佐久、行こう。」)。

土建業も盛んだ。彼らは「繊細な技能」「複雑な計算能力」「優れた想像力」が必要な技能者である。バックホーを操り、木を切り、家を建て、家具を作り、「すごい」の一言に尽きる。「災害後」に最も必要とされる職業の一つでもある。腕の良い大工さんは引っ張りだこである。

木を切る.jpg
(木に登って枝を切る。実際はかなり揺れていた。人が乗った籠をクレーンで吊り上げて、切り落とすことが多いのだが、人が直接木に登って切る方がきれいな枝振りにできるという。)

リゾートなので観光業の仕事はもとより豊富だ。一流の仕事だってできる。中軽井沢の一温泉旅館を世界規模の観光企業に育てた星野リゾートの星野佳路さんは、コロナ渦の今、観光分野で新しい道を探るべく一人気を吐いている。

佐久地域だって、上田市など近隣諸都市を合わせれば人口30万超の商業圏になる。だから仕事もある。恋も夢もある。夫婦共働きであれば、東京で建てる家よりはるかに断熱性・気密性に優れた家を、90坪の土地に、東京よりはるかにお安い値段で建てることができる。

首都圏への通勤も可能。JR東日本によると2018年の新幹線通勤者は、軽井沢476人、佐久平952人となっている。

浅間山の噴火が怖い、という人は、私の記事(「予兆なし、浅間山噴火」「新浅間山ハザードマップの衝撃」)を読んでいただきたい。素人で恐縮だが、たぶん今後数十年は軽井沢にいても浅間山の噴火で避難というようなことにはならないと思う(過去の履歴や傾向を無視した突発的大変動があった場合は、ご容赦のほど)。

どうしても噴火が怖い人には、佐久をお勧めする。浅間山の噴火でもほとんど影響を受けない距離にあるし、もとより地震はない、川沿いを避ければ洪水のリスクはないし、平坦地が多いので土砂災害も少ない。

日本には、インフラも整備され教育・医療・子育て環境も良い景勝の地はたくさんあるだろう。だが、「災害に対しても安全」という場所は、意外と少ないのだ。

移住候補地として軽井沢(およびそこを含む佐久地域)をお勧めする理由を書かせていただいた。まったくの個人的意見だが、大都市を逃れ地方に移住したい方の参考になれば幸いである。


読んでいただきありがとうございます。

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posted by ロンド at 17:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 軽井沢

2018年11月09日

列車の遠鳴りが聞こえるところ


庭にいるとき、列車の走る音がふんわりと聞こえてくることがある。


しなの鉄道は私が住む追分の東から南に向かって走っているのは知っていたが、1キロ近く離れているし、しかも線路は堀割を走っている。だから、その音が我が家まで届くとは思わなかった。

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(三両編成のしなの鉄道。撮影場所は、御代田と信濃追分の間)

たまたま列車が通っているとき東風か南風が吹いて、たまたま私が庭にいるときに聞こえる音だ。


木霊するようなガターンゴトーンという列車の遠鳴りは、不思議に気持ちが和む。


オーケストラの演奏でも、劇場内の「遠鳴り」は特別な音響効果があるという。間近で楽器が奏でられていると、音量は大きく音のぎらつきが体に響く。だが、遠くまで届く音、遠鳴り、は、様々な音がバランス良く混じり、適度な音量や音質となって、耳当たりよく響く。


遠くまで届かせるには、大きな音を出せば良い、というものではない。だから遠鳴りする音を出すには、かなり高度な演奏技術が求められるという。


列車の遠鳴りも、線路と車輪の金属音など耳にきつい音素が様々な音と組み合わさって、心地よく響く音に変わるのだろう。


列車の遠鳴りで心地よさ以上に感じるのものがある。それは、なつかしさである。


そういえば、生まれ故郷の甲府でも、列車の遠鳴りをずっと聞いて育った。当時住んでいた家から、南の方向に中央本線が通っていた。


実際は線路から我が家まで800メートルくらいしか離れていないが、そのころはもっと遠いと思っていた。


生まれ育った街は、道は広く、建物は高く、線路は遠かった。自分が小さかったから、回りの世界が大きく見えていたのだ。


列車の遠鳴りはそのころのイメージと重なり、郷愁を感じさせるのだろう。


テレビでは「鉄道の利用」を勧める鉄道会社のコマーシャルが流れ、鉄道をテーマとした刑事ドラマや、芸能人が日本各地を旅する番組などもある。特にコマーシャルは、魅力的な観光都市、地方都市、自然の風景が映され、耳に残る音楽が流され、いかにも「鉄道でどこかに行けば、良いことがある」と思わせるよう作られている。


それらは「鉄道の音=ノスタルジー」の連想を一般大衆に刷り込むには大いに効果があったことだろう。列車といえば通勤電車、という都会っ子でさえも、列車の遠鳴りを聞くと郷愁を感じるのではないだろうか。私もそう刷り込まされた一人かもしれない。


ただ私の場合、ノスタルジー以上に感じるのは「異界感」である。列車の遠鳴りを聞くと、とたんにイメージは夕暮れになり、どこか知らない世界への門が開くかのような雰囲気が自分の中に生まれるのだ。


私が幼いとき、遠くに行くには電車しかなかった。もちろん自動車はあったが、当時はまだ自家用車を持っている家庭は少なく、我が家も家族旅行は、いつも電車だった。


しかし 楽しかったはずの家族旅行なのに、なぜかどこに行ったのかほとんど覚えていない。


旅行の記憶は不鮮明だが、「どこか知らない場所」の夢はよく見た。今でも時々見る。自分の知っている、または見たことのある街に似てはいるが、実在してはいない街。しかし非常に鮮明な映像の夢。


ひょっとして、家族旅行で行ったのはどこか別の世界であって、戻ってきたときには記憶が消されてしまう仕組みになっている、異界旅行だったのかもしれない、などと夢想してしまったりする(spirited away = 神隠しに遭う。「千と千尋の神隠し」の英語タイトル)。


たぶん、幼い頃は世界が狭く、その世界の外に行く手段は鉄道だったから、列車の遠鳴りを聞くと、そういう異世界に行く、という感覚が生じるようになったのであろう。


ところが軽井沢に移り住んで、つい最近、列車の遠鳴りは聞かなくても、同じような「異界感」を感じたことがあった。


それは、軽井沢千住博美術館(http://www.senju-museum.jp)に行ったときだった。


幻想的な作品が多い絵画の中で、とりわけ私の足を止めたのが「月映」。中央に多くの線路が通っていて、向かう先はいくつものプラットホームがある駅。左右にはビルが立ち並んでいる。駅も建物も地平線まで続き、空には月が浮かび、月光で風景が夕暮れ時のように見える。


この作品が描く世界は、知っているようで知らない世界。そこは鉄道が象徴的な位置を占めている。


列車の遠鳴りを聞く度に感じていた異界感が、目に見えるものとして現れたのが、千住博の「月映」だった。

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(千住博の「月映」。撮影が許可されている期間に、千住博美術館にて撮影)

千住博画伯といえば、代表的なモチーフである「滝」。その発展形という「地の果て」。見ていて冷たさを感じるという人もいるが、不思議に引き込まれてしまう世界観がある。


それらの淡色系作品に比べると、「月映」は温かみがあると言えるが、「別世界」の感覚は強かった。


リゾートであり観光地であり、文壇や画壇を惹きつけてやまない軽井沢そのものが、異界なのかもしれない。



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posted by ロンド at 16:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 軽井沢

2017年09月18日

ちょうどよい軽井沢


軽井沢はサマーリゾート。文化的な別荘地。自然あふれる保養地。そんな「おしゃれな高原観光地」といったイメージが一般的だろう。

軽井沢に移住して3年、最近思うこと、私にとっての軽井沢は「ちょうどよい町」であることだ。

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(ペット連れも多い旧軽銀座)

例えば気候。軽井沢は標高約千メートルの高原リゾートだから夏は涼しい、冬は寒い。

最近軽井沢の夏も暑くなってきたと言われているが、観光スポットは木のないところが多いから、気温30度を超えると日射も強いため、暑いと思われるのだろう。だが、多くの住人は森の中に住む。外気温30度超でも一歩森の中に入れば、ヒヤッとして涼しい。それに朝夕はぐっと気温も下がる。「ちょうどよい夏」である。

冬は寒い。最近雪も増えてきたと言われているが、日本にはもっと雪深いところはたくさんある。同じ積雪寒冷地である東北や北海道と違うのは、軽井沢の好天である。特に西側の追分となると晴天が多い。日中零下でも日が出ていると、体もポカポカ、心はうきうき。おまけに家はもとより寒冷地仕様で冬も暖かく薪ストーブは心も体も温める。結果的に、「ちょうどよい冬」なのだ。

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(雪道の散歩。お天気なので暖かい。)
 
人口わずか2万。ところがその人口でまかなえる以上に食に関わる店が多い。フレンチ、イタリアン、中華、おそば屋さん、パン屋さん。これらの味を支えているのは、飽食・贅沢とかそういう意識でなく、軽井沢を避暑地として開発した宣教師たちの正直さ、素直さの伝統を受け継ぐ「食のまじめさ」だと思う。「おいしいものを作って食べてもらう」という意識を持った人たちが集まりお店を出す。そしてその営業を支えているのは観光客。そしてありがたいことに軽井沢定住者はわざわざ大都会に行かなくても、懐具合との相談で、ときどきおいしいものが地元で味わえる。

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(手頃な値段でおいしいパンやイタリアンが楽しめる旧軽ロータリそばの「沢村」)
 
さらに軽井沢周辺は野菜の産地。長野は青森に次ぐりんごの産地だ。ブドウも桃もある。新鮮でおいしい野菜や果物がいつも食べられる。都市生活に戻りたい妻を引き留めているのは、大好物の信州りんごだ。

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(皮のまま食べられる種なしの「ナガノパープル」は十年ほどまえに登場した新しいブドウ)
 
だから、食についても「ちょうどよい」。

私は森の中の住民なので、実は時々「人混み」が恋しくなる。そんな私にとって日本有数の観光地である軽井沢は「人混み」を求めるには「ちょうどよい」。渋谷とか新宿とかそんな究極の混み具合ではない、「ちょうどよい」人混みなのだ。

それに空気はきれいで街並みも清潔だ。おまけにペット可のお店も多く、犬にやさしい。さらに満員電車など乗らなくても、ハイシーズンでなければ20分車を走らせれば旧軽銀座や軽井沢プリンスショッピングプラザに着ける。

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(プリンスのフードコート)
 
中軽井沢のハルニレテラスもお気に入りスポットの一つ。東京の代官山みたいな(ほとんど行ったことはないのでわからないがイメージとして)瀟洒た店構え。でも森の中。レストランはどこもテラス席がありペットと一緒に食べられる。湯川の渓流沿いの散歩もできる。温泉もある。適度に都会性が楽しめる。大都会のハイソさ一流ぽさにはあまり縁がなかった私にとって、ハルニレテラスは都会的な雰囲気と森の雰囲気がこじんまりした空間のなかで同時に味わえる「ちょうどよい」スポットなのだ。

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(ハルニレテラスのテラス席) (脇を流れる湯川の渓流)

昨今増えている自然災害。実は軽井沢は天災についてはかなり安全だと思っている。

国や各自治体のシミュレーション結果などとしてすでに公表済みだが、いつ来てもおかしくないと言われているプレート型大地震やフォッサマグナの直下型地震が来ても、佐久や小諸を含めた軽井沢周辺はせいぜい最大震度5強くらい。軽井沢周辺そのものに活断層がないから直下地震もない。

震度5強であれば、旧耐震の建物(1981年以前に建てられたもの)でも壊れない(旧耐震の建物は震度6強で半壊以上となる)。

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(浅間山)

でも軽井沢には浅間山という活火山があるだろうって。

確かに18世紀の天明噴火は甚大な被害を及ぼした。しかし、頻繁に小噴火を繰り返した20世紀初頭からの活発期と比べても、今はとても静かなのだ。それが突然大噴火を起こすはずはない。

長い災害の歴史を持つ浅間山は観測態勢も充実していて、マグマの位置や動きもわかる。私は素人だが、地震と違って火山はマグマがあってこそ噴火するのだから、現在の状態から言ってこの数十年の間に大きな噴火はないと思っている。

結論から言えば、軽井沢は、地震や噴火に対する安心感についても、「ちょうどよい」と言えると思う。

最後に、「仕事」について。

主要産業である観光産業や農業と並んで、地元の働き手は「自営業」というか「手に職」を持った人たちも多い。

なにしろ家を建てるのに、最初にすることが高さ20メートルを超す木々の伐採・抜根という森林の町である。大工さんを始めとした土木建築業の職人さん、ノコギリ、カンナ、電動工具などを駆使し建具を作ったり薪棚を作ったり家を作ったり、バックホー、クレーン、ミキサー車などを操り地面を掘り整地し庭を整備したり道を作ったりする。こうした職業は、器用さ、繊細さ、忍耐力、心配りだけが必要なのでなく、多分に物理的、数学的な知識と感覚を必要とするのだ。

庭作りで依頼した職人さんのバックホーを操る姿はカッコよかった。職人さんの休憩中に、庭に置かれたバックホーにこっそり乗ってみた。心が躍った。動かしてみたかった。同じ「手に職」でも指しか使わない翻訳業の私からすれば、なんとも奇跡的な創造職である。

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(初めてのバックホー!)
 
ちなみにご近所にも、パソコンを使って自宅で仕事をしている人たちが多い。仕事の親近感においても「ちょうどよい」のだ。

そんなわけで、3年目の定住者である私にとって、軽井沢は生きている充実感という意味において「ちょうどよい」町なのである。


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posted by ロンド at 16:36| Comment(4) | TrackBack(0) | 軽井沢
プロフィール
ブログネームは、ロンド。フリーの翻訳者(日英)。自宅にてiMac を駆って仕事。 2013年に東京の多摩ニュータウンから軽井沢の追分に移住。 同居人は、妻とトイプードルのリュウ。 リュウは、運動不足のロンドを散歩に連れ出すことで、健康管理に貢献。 御影用水温水路の風景に惹かれて、「軽井沢に住むなら追分」となった。