2019年04月09日

オノマトペが似合う町


厳寒の何もかも凍ってしまいそうな朝は、シーンと静まりかえっている。そんな早朝に外へ出ると、ピシッと顔が冷気で痛む。満月で驚くほど明るい真冬の真夜中は、キーンという音がぴったりの森閑さだ。

春の強風は、空がゴオオと鳴り木々がブーウウンと唸りながら揺れるが、意外と地面の上は風がフウーンと穏やか。御影用水温水路沿いを散歩すると、出てきたばかりの小さな虫たちがブンブン飛ぶ。用水はサワサワと流れ、我が家のワンコはチョコチョコ歩き、上空ではトビがピーヒョロヒョロ。私はちょっとランラン気分。

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(まだ緑少ない早春の御影用水温水路。)

とまあ、擬音語、擬態語、擬声語、擬情語が満載。自然豊かな軽井沢は特にオノマトペが似合う。実のところ日本は、こういった「オノマトペ」が溢れている国である。

なぜなら、日本語はオノマトペが豊富な言語だからだ。

もちろんどの言語にもオノマトペはある。簡単な例は、「動物の鳴き声」。日本の犬は「ワンワン」と鳴くが、アメリカの犬は「バウワウ(bowwow)」と鳴く。英語を習い始めの時、「犬も英語で鳴くんだ」と思った。「痛い!」は Ouch。くしゃみは「ハクション」ではなく Achoo(本当はアメリカ人のくしゃみを聞いても、ほとんど日本人と変わらないのだが・・。まあ犬の鳴き声も実際は万国共通か)。

ただし、世界中で「静けさの擬音語」つまり「シーン」があるのは日本だけかもしれない。

「シーン」は「しんしん」から作られたものと言われているが(最初に使ったのは手塚治虫だと聞いたことがある)、これは「擬情語」、つまり「感情」や「情景」を表したものとも言える。

日本のマンガを外国語に訳すとき、困るのはオノマトペ(効果音)だという。「シーン」など、一般には Silence (英語やフランス語の場合)と表記されるが、必ずしも訳されるわけではないという(無視される)。

もちろん外国のマンガも効果音は使われているが、主に本当の「音」であって、「どきどき」「わくわく」「いらいら」など、音が出てはいない「状態」「感情」を表す効果音は、そうそう見られない。

私の好きな美空ひばりの歌う名曲「愛燦々と」。「燦々(さんさん)」なのは、「太陽の光だから sun sun なんてね」とつまらない冗談を言ってしまいそうになる。

この「燦」は、見てもわかるとおり「漢語」で、現代中国語でも「サン」と発音する。「燦々」のようなオノマトペ的な副詞として使うかどうかはわからないが、意味は「燦々と輝く」である。「朗々と」「汲々と」など漢語起源のオノマトペも豊富だ。

春の嵐が吹き荒れる軽井沢プリンスショッピングプラザ。駐車場に停めた車のドアを開き、乗り込もうとしていた矢先、突風が吹き通った。妻はドアを必死に押さえて、「ドアがドゥアーッって、危なかった」と一言。擬態語かダジャレか。すでに車内にいた私はツッコミを入れたくなったが、強風でドアが全開していたら、隣の車を傷付けてしまうところだった。後で聞いたら、自分で何を言ったか覚えていないと言う。とっさのオノマトペだったようだ。

PrinceParking.jpg
(強風が吹き抜ける初春のプリンスショッピングプラザ駐車場。まだまだ寒いのに満車状態。右後方に見えるのは離山、その後ろまだ雪が残っているのが浅間山)

日本語は、「ささっ」「ずずっ」「ひゅうひゅう(と)」「ばちゃばちゃ(と)」など、「オノマトペ」が主に副詞として独立した言葉になっているから、このように自由に使い、自由に作ることができる。そこが日本語のすごいところだ。

とかく「幼児語」「子どもっぽい」と思われ、マンガ以外では敬遠されがちなオノマトペだが、本当は使い方によっては臨場感溢れる表現ができる。好例が、オノマトペの達人とも言われる宮沢賢治。何しろ「宮沢賢治のオノマトペ」というようなタイトルで論文や本も複数出ているのだから。

彼は独自のオノマトペを作ったり、独自の使い方をしたりしている。例えば「銀河鉄道の夜」では、「ぺかぺか消えたりともったり」の「ぺかぺか」、「まっくらな穴がどほんとあいているのです」の「どほん」、「天の川の水が・・・どぉと烈しい音がしました」の「どぉ」とか。

こういうオノマトペの豊富さゆえ日本語は情緒豊かで素晴らしい言語だ、と日本語礼賛する人たちもいる。だが、オノマトペは日本語だけの特徴ではない。お隣の韓国では、日本語以上にオノマトペが豊富だ。用法も意味も音もよく似ている。

実は英語(その大元のインドヨーロッパ語族)も、単語そのものがオノマトペ起源というのがたくさんある。bark(吠える)、blow(吹く)などの動詞、dog や pig などの動物も鳴き声を基にしていると言う。日本語のオノマトペ「どしん」「ばたん」「ごろごろ」などの英訳として使われる、thump, bang, rumble なども擬音語起源だと思われる。

そう考えるとヨーロッパの多くの言葉も、オノマトペに満ちていると言える。

一説によると、どんな言語も多くの単語はオノマトペ起源だという。日本語でも例えば「すする」は「すすっ」という水などをすするときの「擬音語」から作られた動詞、「おどろく」も「おどっ」というような驚いたときの発話や擬態表現から作られた動詞の可能性がある。

ちなみに、現在ペットとして飼われている数としては、イヌを超したと言われているネコ。日本語の「ネコ」は鳴き声から来ているという。最新の研究でわかったのは、ネコが日本列島に来たのは比較的最近のことで弥生時代。

ネコを見たことなかった古代日本人は「何だ、このニャンニャン鳴く動物は。ニャンコか」なんていうところから名付けたのだろうか。同じ命名法をイヌにあてはめると「ワンコ」だそうな。ワンコもれっきとした命名法に則っているということか。

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(ご近所さんが保護した捨てネコの姉妹。今は優しい里親のもと、ふたり楽しく暮らしている。)

このところ、我が家の中では今までなかったオノマトペが聞かれることが多くなっている。年のせいか起き上がるとき「よたよた」、移動も「のそのそ」、歩く方向制御能力が劣化し、あちこちに「どん、がっ、ばしっ」とぶつける。立ち上がるときは「よっこらしょ」(これは掛け声か)。

ただ東京では存在しなかった、「薪ストーブ」の「ほこほこ」した柔らかい暖かさには癒される。そしてやっと春が来たという「ぬっくり」とした今日この頃の軽井沢である。


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2019年03月22日

軽井沢、かるいさわ、かるいざわ

世の中に地名ファンはけっこう多くて、地名の謎を解き明かそう、という素人地名学者もいる。それだけ地名は魅力があるのだろう。

地名ファンはもうご存知だろうけれど、軽井沢はもともと「かるいさわ」と言うのが本来の読み方だったが、それを「かるいざわ」に変えたのは、軽井沢を避暑地として開発した外国人たち。Karuisawa は発音しづらかったらしく、Karuizawa になった、というのが定説。私も「ざわ」の方が発音しやすい、というか「ざわ」の発音しか、移住するまで知らなかった。

Shaw Church.jpg
(軽井沢発祥の地、「軽井沢ショー記念礼拝堂」と我が家のワンコ)

軽井沢という地名の由来は諸説ある。「凍り冷わ(こおりさわ)」「軽石沢」「涸れ沢」「かるう(背負う)さわ」など様々だ。「坂道を背負って運んであげる」のはなかなか良い「おもてなし」語源だと思うが、背負う方は大変である。

軽井沢の地名は主に東日本で複数個所見られる、というから驚きだった。横浜市西区にある軽井沢を始め、静岡県、千葉県、福島県、新潟県、秋田県にもある。由来は別にして、共通点は「火山堆積物の浸食地形」だという。

私の生まれ故郷、甲府市は、「甲斐の府」だから甲府。「甲斐」は諸説あるが、人や物が行き交うの「交う」が有力な由来となっている。

明治維新後、江戸時代の地名は捨てられることが多く、甲斐も同様で、「山梨」になったのは、甲斐国の真ん中あたりにあったのが「山梨」という地名であったため、それを県の地名にした、と聞いている。だが個人的にこの名称は好きではない(今の山梨市の皆さん、ごめんなさい)。よく言われた「山があってもやまなし県」も嫌だった。今どきこんなだじゃれみたいなことを言う人はいないだろうけれど。

「やまなし」はもちろん「山がない」のではなく、「山+果実の梨」でもなく、「山均す(ならす)」が語源と言う。今の山梨市がある場所は甲府盆地の東部で比較的平地が多かったかららしい。

軽井沢に移住する前に住んでいたのは、東京都の稲城市。私が暮らしていた場所は多摩ニュータウン地区だったので、地名は新たに作られたものだった。

最初に住んだ場所は「長峰」で次が「若葉台」。これらは地形を考えて作られている。多摩ニュータウンは多摩丘陵に作られており、「高台」「峰」「谷」などの地形があちこちにある。

長峰も若葉台も台地にあったので、「長い峰」「若葉の茂る台地」という意味で付けられたのだと思う。どちらの地名も私は好きだった。若葉台で住んでいたマンションからは、何とスカイツリーが見えていた。(若葉台はスカイツリーから西に約30数キロ)。

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(若葉台のマンションから見えるスカイツリー。そもそも見えるとは思っておらず、どちらの方向にあるのかも考えたことがなかったが、完成後のある日、突然見えるのに気づいた。)

長峰も若葉台も、かつては「坂浜」と呼ばれていた。由来は「傾斜地」の「坂」と、三沢川という川が流れているので、その「水際」という意味での「浜」が一緒になったものだったらしい(今でも「坂浜」の地名は残っている)。

よく「新しい地名は、かつての地形を表さなくなってしまい、自然災害などの危険性がわからなくなっている」と言われている。例えば「くぼ」などの地名は「窪地」だから、水が溜まったり、周囲の傾斜地が崩れたりする可能性がある。

その点、多摩ニュータウンは新しい開発地なのにけっこう旧地名を使い続けているところが多い。乞田、貝取、永山、別所、などなど。それぞれ歴史があったに違いない(近藤勇や土方歳三が道場に通ったと言われる道も近くにある)。

厳密に言えば多摩ニュータウン地区ではないが、隣接地区として「桜ヶ丘」という地区がある(多摩市。最寄り駅は「聖蹟桜ヶ丘」)。確かに桜の木がたくさん植えられている丘の街区ではある。中心部は高台で、そこからの眺めはメルヘン的というか「ジブリ的」である。そう「耳をすませば」のモデルとなった場所なのだから。

そもそも多摩ニュータウンの開発自体がジブリの「平成狸合戦ぽんぽこ」そのもの。このアニメを見たとき、「ああ、こうして多摩ニュータウンができたんだ」としんみりしたものだ。ちなみに多摩ニュータウンで狸は見たことはなかった。

移住した軽井沢で、時々「かるいさわ」と発音する人と話をすることがあり、「ああ、この人は昔から住んでいる住民なのだな」とわかる。軽井沢は「なまり」がないので、「かるいさわ」と言わない限り、移住者か地元住人か判別がつかないのだ。
 
一度私も「かるいさわ」と発音してみたいと思うが、それじゃまるで詐称しているみたいで、なかなか言えない。
 
今でも旧軽井沢に行くと、すぐ観光客になってしまう私は、いつまでたってもお登りさんの「かるいざわ」なのである。
 
よくよく考えてみると、地名というものは、原初的には「地形」を表したものが多かったろうが、近代や現代では同時に住人たちの「歴史」や「未来」や「希望」も表すようになっている。「京都」は歴史を、「東京」は未来を、「若葉台」は希望を。
 
私が今住んでいるのは追分(おいわけ)。「追分って名前かっこいいね」と人に言われることがある。実は私も「軽井沢」より「追分」のほうが好きだ。
 
追分は「街道が別れる所」の地名なので、日本中あちこちにある。何が「追って分かれる」のかと思っていたら、「牛馬を(目的の街道の方へ)追って、分かれていく」ということらしい。何と躍動性のある地名だこと。
 
「追分」は、馬や牛それに商人や旅人が左右に分かれ、旅路を急ぐ様子が目に浮かぶ「絵になる」地名だったのだ。

Wakasare.jpg
(追分宿の「分か去れ」。右が北国街道、左が中山道(現在は国道18号)。このあと、中山道は左に南下し、18号とは分かれる。北国街道は18号に出たり入ったりして、この国道とだいたい同じルートを辿り小諸まで続く。 )


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2019年02月28日

「2位じゃダメなんでしょうか」はダメですか

「2位じゃダメなんでしょうか」という質問を聞いたのは、2009年の事業仕分け。質問したのは蓮舫議員。日本ではこの質問をした蓮舫議員に対し「何て質問をするんだ」と否定的に感じた人が多かったようだ。
 
質問者の意図や当時の状況は別にして、この質問自体私には「普通」にしか聞こえなかった。
 
外国だったら、何百億ものお金(国民の血税)がかかるプロジェクトの是非を問う際には、こういう質問は普通に聞かれるものではないだろうか。もっと辛辣な質問だって出てくるはずだ。
 
例えば、1位を狙うには1000億かかる、と言われたら、お金を出すほうは、「そこまで出せないけど2位でもそれなりの成果になるのではないか」「それだったら800億でどうか」「無理しないで2位でいいじゃないか、800億でできるはず」とか、こうしたいろいろなことを訊くことはまったく問題ないはず。
 
「私たちの研究のため、お金をください(しかも血税から)」と言っているのだから、「なぜお金が必要なのか、何のために必要なのか」ありったけのデータと理論を持って説明するのが筋というものだろう。
 
この質問が当時の雰囲気から、どちらかといえば否定的な印象を持たれたのは、おそらく「質問」というのが「物事を明らかにする手段」というより「尋問」に近いものと捉える文化的背景があるのではないか、と思った。
  
「なぜ」と聞かれると「非難されている」と感じることはないだろうか。
 
「質問」する技術は、コミュニケーションにおいて非常に重要だと、英語に携わっていると強く実感する。外国人との英会話では why を中心に、what, how, which, when のオンパレードである。それがあるからこそ、会話がおもしろくなる。
 
たとえば、「私はコーヒーが好きです」というと, Why do you like it? と聞く、だけではない。Why not tea? 「お茶じゃだめですか」とか、 Why do you prefer coffee to tea? 「お茶ではなくコーヒーなのはなぜ」とか、日本語だったら「天の邪鬼」に聞こえるような質問もすることはある。実はこういう質問に答えるのが大好きな外国人は多い。自己主張は自己表現であり、それをしあうことで相互理解が深まる。そこに、「異民族交流」の歴史を持つ諸外国と「阿吽の呼吸」の日本との、コミュニケーション手法の違いが反映されているのかもしれない。
 
質問内容は質問者の意見や意思を必ずしも表明しているわけではない。むしろ会話をよりおもしろく有意義にするためにするもの。そういうことを、私は英語の会話から、また英語でのディベートから学んだ。 

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(ディベートはこんな感じで、賛成・反対に分かれて行われる。日本でも「ディベート甲子園」と呼ばれる、中学・高校ディベート選手権が全国規模で行われている。)
 
私がディベートのことを知ったのは、日本にディベート教育を広げようと尽力している松本道弘氏の著書からだ。また直接、氏の指導のもとでもディベートを学んだ。
 
ディベートとは、誤解されているようだが、「ああ言えばこう言う」という詭弁を学ぶところではなく、「テーマを徹底して考える」ためのもので、「賛成と反対」の両側から考え、互いに質疑応答し、結論を導き出すもの。
 
自分の意図や意見とは関係なく、賛成側や反対側になり、考える。それはとても優れた思考法であり検討法だと思う。口下手でぼんやりしている私にとって、物事を多角的に、特に自分の意見とは逆から見ることは、とてもよい訓練になった。
 
実は、「なぜ2位じゃダメなのか」はディベートにとってはおいしい質問なのだ。「待ってました」とばかり、「1位じゃなきゃだめな理由はこれだ」と嬉々として説明する。そのためにあらゆるデータを集め、根拠を考え、わかりやすく説明できるよう事前に準備し、想定問答をしておく。それがディベートの原則。だから「2位じゃダメか」と訊かれれば、しめしめ、とうれしくなるのだ。
 
本当に相手を論破したいのであれば、「答えがイエスかノーかになる質問」をする。
 
アメリカの法廷ドラマでは、Are you ....., are you not? と弁護士がたたみかけてくる。これが恐ろしい。きっとアメリカの弁護士だったら、「2位じゃダメ」のような事業仕分けであれば、あっというまに「要求額1000億」が「800億」に減らされ、承認させられてしまうだろう。

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(米テレビドラマ The Practice 「ザ・プラクティス ボストン弁護士ファイル」は本格的法廷ドラマで、私もかつてよく見ていた(放映は 1997〜2004)。非常に英語の勉強になった。)(写真:Wikimedia Commons)
 
 英語では devil's advocate という言葉がある。わざと反対意見を言う役割のことで、キリスト教に由来するのだが、今では play devil's advocate といえば、ディベートにおいて、また普通の会話でも「議論を深める(会話を盛り上げる)ため、わざと反対意見を言う」ことを意味する。
 
現代のイスラエルでは、「10番目の男」という規則がある。9人が同じ意見だったら、10番目の人は必ず逆の観点から検討しなければならない。前世紀から続くイスラエルの苦難は、「希望的観測」(皆が「そんなことは起きないだろう」と思っていたら、起きてしまった)ゆえ生じたものだ、という反省からできあがった規則だという。
 
ただ、どこの国の人であっても根掘り葉掘り聞かれたくない人はいるし、「物は言いよう」だから言い方には気をつけなければいけない、と口下手だが口が滑りやすい私は自分に言い聞かせている。
 
互いに反論したり言い返したりすることが、普通の会話の中で普通の心理状態で行えたら、きっと「胸を割って語り合えた」という充実感が得られるだろうし、論理的思考も鍛えられると思うが、それは日本ではダメですか。


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posted by ロンド at 17:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 文化

2019年02月15日

虫の名は。

そろそろ啓蟄。軽井沢では、はや真冬は過ぎ、気温は低くとも季節はすでに春に向かってゆっくりと進み続けている。追分の森の小径を散歩していると、零下であっても日が差していると、小鳥のさえずりが聞こえるようになる。さらに寒さが緩んでくると、次は虫である。御影用水温水路沿いを歩くと、蚊のような小さな虫が密集して宙を舞う。犬と散歩しながら、まるでボクシングよろしく相手のパンチをよけるかのように上半身を左右に揺らしながら、用水路沿いを歩くことになる。

軽井沢に来て最初に脅かされたのが、「鎌獰魔」という不気味な虫のこと。家の内外を跳梁跋扈すると聞いた。「鎌獰魔」つまり「カマドウマ」。「鎌を持った獰猛な魔物」というイメージだったので、そういう漢字を想像したが、調べてみると拍子抜けした。「カマドウマ」は「かまど(竃)馬」(かまどにいる馬のような顔をした昆虫)だった。

ネット検索するとその姿を写真で見ることはできるが、私自身実際に動いているカマドウマを見たことはない。軽井沢の別荘では久しぶりに来てみれば、浴室や台所にウヨウヨいる、というのだ。だが、家が新しくなればなるほど気密性も密閉性も高いので、カマドウマが水回りに入り込む隙はないのだろう。我が家の周囲や庭でも見たことはない。

だが、よく記憶の隅を突いてみれば、小さいとき田舎(甲府市)では頻繁に見ていたのを思い出した。小学生ともなると学校の帰りにはあちこち探検した。原っぱの石をどけると、ばっと何かが飛び上がる。バッタやコオロギではない、ジャンプ力がすごく手足が長い気味悪い虫がいた。あれがカマドウマだった。名前さえ知らなかったけれど、当時は身近な虫だったのだ。

田舎でも東京でも見たことはなかったが、軽井沢に来て頻繁に見る虫といえば、カメムシ。これが一番厄介だ。何しろ触るとものすごくくさい臭いを発する。たとえ殺虫剤を使っても、一瞬で仕留めない限り、臭いを出されてしまう。臭いが手につくと、石けんで洗ってもなかなか落ちない。秋になると、目に見える場所にたくさん出てくる。小さくて、亀の甲羅のような多角形をした虫である。

臭いを出さずに退治する方法がいろいろネットに出ている。洗剤を溶かした水の入ったコップの中に、そっと気づかれないように落とすとか、ガムテープにくっつけてすばやく包み、ビニール袋に入れるとか。だが慣れないせいかなかなかうまくいかず、悪臭を放たれてしまうことが多い。

一昨年は10月頃、大量発生した。我が家のサッシ外面に何十匹もへばりつき、隙あらば室内に入り込もうとし、虫の苦手な妻は気も狂わんばかり。寒くなり、暖かさを求め、暖かいところに押し寄せてくるのだ。

ところが去年は、ありがたいことに数えるほどしか見なかった。避暑地軽井沢も暑すぎたせいだろうか。東京などでは蚊も少なかったと聞く。

昨年(2018年)11月に惜しまれて閉店した、「天空カフェ・アウラ」では、閉店間際に訪れたとき、室内外とも満席で、テラス席にはカメムシもたくさんいた。別れを惜しむかのように。触ったら大変なので、よけながら、もう見られなくなる標高1260メートルからの軽井沢パノラマを堪能した。

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(「軽井沢の、天空に一番近い場所」だった天空カフェ・アウラ。ここからは、妙義山を始め群馬県の山々も見渡せた。)

秋になると、庭はたくさんのトンボが往来する。ウッドデッキやウッドフェンスの上に止まってくつろいでいるように見える。蝶々も飛ぶ。夏の風物詩ホタルは、軽井沢の発地で生息しているが、最近は減っているので、有志で保護活動をしているという。

「トンボ」や「蝶」や「ホタル」という名前は、音として耳に心地よく、ほのぼのとした雰囲気を感じる。「蝶」は漢語で大和言葉はないようだが、もともと「ディエ」的な音で、それが平安時代は「テフ」となり、さらに変化して「チョウ」になった、という。「チョウ」「チョウチョ」はとても柔らかい響きがある。「トンボ」は「飛ぶ羽」が語源、「ホタル」は「火が垂れる」のような意味だという。原初的で感覚的で心和む。さすが古くから日本にいて日本人に親しまれている虫である。

この3種の虫の英語名は、学校で習うからご存知の方も多いと思うが、興ざめというか気持ちが入ってないというか、英語は虫に冷たい言語なのだな、と思い知らされる。

トンボは dragonfly 、蝶は butterfly、ホタルは firefly である。「龍+ハエ」「バター+ハエ」「火+ハエ」という意味だ。fly は「飛ぶ」で「飛ぶ虫」のような意味もあったのだろうが、それをあろうことか、嫌われ者の昆虫ハエに使っている。

英語以外の言語ではどうなのかわからないが、少なくとも古代英語話者たちの生活様式と係わっているのではないだろうか。狩猟文化が色濃く残り、麦栽培で、畜産も盛んだったヨーロッパ人の先史時代。虫は家畜にまとわりつくお荷物だったのかもしれない。

アジアモンスーン帯は、水が豊富なこともあり、虫がたくさんいて、害虫も多いだろうが、人々に親しまれた虫も多かったのだろう。

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(昔懐かしい赤トンボ。子どもの頃は近くに河原も草地もあったので、赤トンボの数ははるかに多かった覚えがある。)(資料写真)

しかし、あのか弱そうな「トンボ」に dragonfly はあんまりだ。英語における昆虫命名者の神経を疑ってしまう。どこに dragon (日本人の考えるアジアの神聖な「龍」ではなく、言ってみれば怪物のドラゴンである)を連想させるものがあるのだろうか。不思議でならない。

蝶の butterfly も「黄色い」から名付けただけなのか。だったら yellowfly でもよさそうなのに、食べ物に対する配慮に欠ける。ホタルの firefly にいたっては、同じ「火」の意味を使っている日本語の「ホタル」と違い、非常に無機的、物質的である。「ヒムシ」という感覚であろうか。あの可愛らしくほのかな光を出す小さな虫に、それはないだろう。

まあこれら英語名に対する私の評価は、言いがかりみたいなものかもしれないけれど。

自然に囲まれた追分の森暮らし。周りにいる虫たちも、人間により様々な名前を与えられ、様々な意義をもたされ、大変なことだろう。見慣れぬ虫がいたら、「虫の名は」と気になってしまうだろうか、あるいは名もなき虫のままだろうか。おおざっぱな私としては後者のような気がする。


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posted by ロンド at 17:06| Comment(2) | TrackBack(0) | 自然の驚異
プロフィール
ブログネームは、ロンド。 2013年に東京の多摩ニュータウンから軽井沢の追分に移住。今年還暦に。 同居人は、妻とトイプードルのリュウ。 ロンドは、フリーの翻訳者(日英)。自宅にてiMac を駆って仕事。 リュウ(13歳)は、運動不足のロンドを散歩に連れ出すことで、健康管理に貢献。 御影用水温水路の風景に惹かれて、「軽井沢に住むなら追分」となった。