2019年02月01日

ワカンダ王国の衝撃

私はヒーロー物が好きだ。CG技術が進歩したこともあり、このところ「スーパーヒーロー」映画がたくさん作られている。私の最近のお気に入りは、「ブラックパンサー」(2018)だ。

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 (「ブラックパンサー」のポスター。「ブラックパンサー」はマーベルコミックにおける「アベンジャーズ」の一員なので、アイアンマン、キャプテン・アメリカなどと同じ世界に存在していることになっている。)(写真:Wikimedia Commons)

主人公は、アフリカの黒人で、「ワカンダ王国」の王子(で国王になる)。もちろんワカンダ王国は架空の国である。この映画、登場人物は8割が黒人。主人公ブラックパンサー(本名はティ・チャラという)を演じるのは、チャドウィック・ボーズマンという、まあ言ってみれば「ちゃきちゃきのアフリカ系アメリカン」俳優だ。
 
この映画を見て気づいたのは、「皆、なまりのある英語を話している」こと。そのなまりは、アフリカ系の人が英語を話すときのようなアクセントだ。アフリカを意識した、よく考えた演出だ、と思った。
 
主人公もその仲間たちもかっこ良かったし、悪役もなかなか手強く、ハラハラドキドキ、ハッピーエンド、ああ、2時間楽しかった、という私の認識は甘かったのがわかったのは、それから数ヶ月してからだった。
 
まず「ブラックパンサー」がゴールデングローブ賞でドラマ部門作品賞にノミネートされた(受賞は逃した)。さらにアカデミー賞でも、「作品賞」にノミネートされた。いわゆる「SF特撮(今はCG)アクション映画」が作品賞にノミネートされるのは、非常に珍しい。
 
どうしてそこまで評価されているのか、と思っていたら、ネットで偶然ある記事を読み、「ワカンダ王国ではコサ語が使われている」がキーだと知った。
 
コサ語。聞いたことはある。調べたら、南アフリカで話されている現地語の一つで、特徴は、「カッ」という舌打ち音。しゃべっている途中で、どうやるのかわからないが「舌を打つような音」を出すのだ。この音は吸着音と呼ばれ、コイサン語族の特徴でもある。「コサ語」と検索欄に打ち込めば YouTube ですぐコサ語を話す人が出てくる。見ていると興味深く、コサ語の吸着音をちょっと練習してみたくなった。 
 
映画をもう一度よく見たら、確かにコサ語を話しているとき、「カッ」という音がしていた。ブラックパンサー役のボーズマンもそうだ。
  
映画では、登場人物がコサ語を話すシーンはごくわずかだが、それでも「ワカンダ王国」の母語はコサ語で、主人公ブラックパンサーもコサ語が母語、という設定自体が画期的で、それが映像化・音声化されたためさらに衝撃が大きかったということらしい。

これまで黒人のヒーローはたくさんいても、彼らはアフリカの黒人ではなかった。「ブラックパンサー」は、確かにアフリカ人ではある。このマンガが誕生した1966年当時のアメリカでは、それなりに話題にはなったであろう。だが、もともとアメリカンコミックの主人公であり、活躍するのもアメリカ的マンガの世界。またマンガとしてのワカンダ王国ではどんな言葉を話していたのかは、設定されてもいなかった(音のない紙上の物語だから、考えてもいなかっただろうけれど)。
 
ではなぜ、「コサ語」になったかというと、ブラックパンサー(ティ・チャラ)の父親役ティ・チャカを演じたのが南アフリカ人俳優ジョン・カニで、彼の実際の母語がコサ語だった。ブラックパンサーが最初に登場した別の映画「シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ」で、ティ・チャカが息子のティ・チャラと久しぶりにあったとき「英語で挨拶するのはおかしい」とジョン・カニが監督に言ったら、「じゃ何て言うんだ」と言われ、コサ語を使ったという。その時「ワカンダ王国ではコサ語が話されている」という設定になったわけだ。
 
「ワカンダ王国」の衝撃はそれだけではない。
 
コミックの設定では、「かつてアフリカの大地に宇宙からヴィブラニウムという隕石が落ちてきた。その影響で不思議な効力を持つようになったハーブを摂取したアフリカ人が、超人的な力を持つようになり、『ブラックパンサー』を名乗り、人々を救い、統合し『ワカンダ』という国を建てた。
 
ヴィブラニウムを白人に取られると悪用される、という恐れからワカンダは『鎖国』(外から見えなくする技術がある)となり、国内で高度な科学技術を発展させた」ということになっている。
 
つまり、ワカンダ王国は「15世紀ごろから続いていた西洋人によるアフリカの搾取」の対象ではなかったことになる。これが「もしアフリカが白人たちの植民地にならなかったら、どうなっていたか」の一つの解答を示している、のだそうだ。
 
私は到底そこまで読み取れなかった。アメリカやヨーロッパでは、そのあたりが理解されていて、高い評価を受け、その結果、作品自体の出来の良さも含め、アカデミー賞でも作品賞にノミネートされた(作品賞始め7部門でノミネート)のだと思う。
 
ただの「楽しかった」映画ではなかったのだ。
 
男女平等もワカンダでは当然のこと。国王を守る近衛兵たちは女性だし、国王ティ・チャラの妹や元カノも大活躍。見ていて、頼もしい。
 
「コサ語を話し、世界最高の科学技術を持つ平和で公平なアフリカの国、ワカンダ王国」。私も住んでみたい。
 
ワカンダ王国の衝撃は日本人の私にはよくわからなかったが、アフリカの人々およびアフリカにルーツを持つ人々にとって、自分たちのアイデンティティを世界的に認識させた一大事だったわけである。
 
もちろん、こういう映画が作られたからといって、すぐアフリカの国々に良い影響が現れる、というものでもないだろうけれど、意識の上では大きな変化をもたらすことは可能だと思える。
 
約30万年前に生まれた新人類が最初に話した言葉は、コサ語のような舌打ち音を持っていたかもしれない、と言われている。
 
「神よ、アフリカに祝福を(Nkosi sikelel' iAfrika)」*

*(19世紀末に作詞作曲された賛美歌で、アフリカの数カ国で国家として使われている、アフリカ人独立の象徴的な歌となっている。)

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(アフリカのイメージ写真。アフリカだからといって、どこにでもキリンやライオンやゾウなどの野生生物がいるわけではない、とはよく聞く話である)


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2019年01月18日

ユー・ガット・メール

1998年の映画「ユー・ガット・メール」は、ネット時代を象徴するラブコメディーだった。男女がインターネット上で知り合いEメールを交わすようになり、恋愛感情を持つに至る。最後は直接会ってめでたし、というお話。

なんと、インターネットの登場により、人は直接顔を合わせず恋愛するようになってしまった。人の出会いさえデジタル化し、人はそれを普通に受け入れるようになってしまった。

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(トム・ハンクスとメグ・ライアンのラブコメディー「ユー・ガット・メール」。今と比べるとPCやネット接続方法が「時代遅れ」に見えるが、当時はネット時代ならではのラブストーリーだった。)(写真:Wikimedia Commons)

仮想現実の世界で冒険が繰り広げられるスティーブン・スピルバーグ監督の2018年映画「レディ・プレイヤー1」では、ついに出会いから事件から恋愛から仕事まで仮想現実の世界で行われるようになった(未来のお話なのだが、もうすぐ実現しそう)。もう「生身」の接触などは、刺身のつま程度の意味しか持たなくなってしまったのか。

人はもっと直接的な人間関係に戻るべきだ。直接会ってから、人を好きになるべき。それが本来の人同士の付き合いである。

まあ、そうかもしれない。でも、私みたいにあがり症で、会ってすぐに相手の気を引けるほどの会話力にも長けていない、という人はどうしたらいいのだろうか。

アジアの古代、若い男女は歌を詠み交わして、心を通わせていた。「歌掛け」という風習で、直接顔を合わせなくても、恋愛のチャンスはあったのだ。

この風習は日本にもやってきて「歌垣(うたがき)」と呼ばれるようになった。この場合の「歌」は現代の歌ではなく、いわゆる万葉集の「歌」(和歌)のようなもの。

記録に残る平安時代の歌垣はすでに洗練された貴族間の芸事的なものになっているが、地方では集落の自由恋愛推進行事として行われていた(その系譜を引くのが「成人式」だという説もある)。

その起源は、大陸の照葉樹林文化または焼畑耕作民文化と言われていて、今でも少数民族の間では行われている。中華文明起源ではない。

このイベントでは、若い男女が互いに顔を合わせることはあるかもしれないが、顔で判断するのではなく、歌を詠み、それに歌で返す。歌の内容や技術を通して、互いの人となりを知り、互いに見初め、恋仲になって、結婚する、というものである。

歌垣に大切なのは容姿や会話ではなく、心を伝える「歌」なのだ。

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(美しい民族衣装で有名なモン族の少女たち。モン族は今でも歌掛けを行っている。)

参考として今頭に浮かぶのが、洗練された形ではあるが、万葉集の「額田王」と「大海人皇子」との歌の掛け合い(歌垣ではないが)。

「あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る」(額田王)
「紫草のにほへる妹を憎くあらば人妻ゆゑに我恋ひめやも」(大海人皇子)

これはとある宴会の席で、かつての夫であった大海人皇子に対し、「昔こんなことあったね」と額田王が歌い、それを大海人皇子が歌で返した、と言われているもの。

歌垣は、このもっと素朴な形の歌が、男女間で交わされたのだと思う。

この照葉樹林の中で育まれた「歌謡」という文化は、もともと大いなる自然である神々への感謝を表す儀式から生まれたものという。生きていられてうれしい、感謝の気持ちが声になり歌になった。自然発生的な心の声だったのだろう。それが発展して、好きな相手に心の声を届ける歌掛けとなった。

「歌垣」は自由恋愛である。歌の内容で、相手を見極める。「ユー・ガット・メール」では「文面」、「レディ・プレイヤー1」では仮想現実(virtual reality - VR)における自分の分身「アヴァター」の言動で、相手を見初める。

結局、人が人を好きになるのに、手段は問わない。出会いは必ずしも直接会って話さなくたっていい。ネットや仮想現実は、その時代時代に合わせた出会いの場を得るための手段にすぎない。

「ユー・ガット・メール」も、そもそも1940年の米映画「桃色の店(The Shop Around the Corner)」のリメイクである。オリジナル版は、もちろんネットではなく手紙でのやりとり(文通)で、男女が恋に落ちるお話であった。文通もネットも、変わらないではないか。

この世知辛い現代では、ネットでの出会いは危険を伴うと警告されている。

例に挙げた映画では、文通やメールやアヴァターでも「心の通い合い」が感じられるような深さが描かれていた(「レディ・・」の謎解きは実際はかなり知識と知性とコミュニケーションが必要だった)。古代の歌垣でも、歌の掛け合いを通し、相手の人柄や人間性がわかるのだ(古代の人たちはもっと素直だっただろうし)。

ハイテクの現代、ネットやVRなど出会いの手段はいろいろあるが、その手段における「交流」は心を通わせるような深みが必要となる。また相手をちゃんと見極める判断力も必要になってくる。

今の若い人は「直接の出会い」が苦手と言われている。最新技術を使った手段による「間接的な出会い」の方が若者たちの交流機会を増やせるのではないか。

ハイテクの力は「間接的出会い」を「心を通わせる出会い」に発展させられる可能性がある。また無限の活動世界がありえるVRの三次元交流のほうが、ハプニングが起こりやすく、人となりは出やすい。VRを単なる仮想ゲームではなく、「仮面(=アヴァター)」ではあっても実際の人と人が交わるゲーム(=競技かるた、謎解き会、討論会、英語の会など何でもできる)に活用する。そうした形であれば、将来ハイテクによる交流の適正化がさらに進むはずだ。

個人的に私も「書く出会い」のほうが気が楽で、自分の気持ちを表しやすい。古代の「歌垣」はどんな感じだったのだろうか。「詠む出会い」も優雅と言うより、案外躍動感に溢れたものだったかもしれない。

Hmong village.jpg
(とあるモン族の村。場所はベトナムだが、モン族は中国南部からベトナムにかけて住んでいる少数民族。こんな雰囲気のところで「歌垣」が行われていたわけだ。日本も同じ照葉樹林帯に属するので、風景が似ている。)


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2019年01月04日

20カ国語ペラペラ

私は日本語さえ「ペラペラ」しゃべれないのに(舌足らずなので)、世の中、しかも日本に20カ国語もペラペラしゃべれる人がいるのだ。

中学生の頃、「20カ国語ペラペラ」という本を書店で見つけた。著者は種田輝豊。むさぼるように読んだ。たぶんこの本に出会わなければ、今の私はないだろう。

私も種田氏を真似て、学校で学ぶ英語以外の言語に手を出した。入門書を買って勉強した言語は、イタリア語、フランス語、ドイツ語、ロシア語、中国語、韓国語。

モノになった言語は、恥ずかしながら一つもない。私には種田輝豊さんほどの能力も才能もなかったのだ。

だが、語学は楽しかった。何が楽しいかといえば、文法や単語を知ることにより、ただの無意味な記号が、突然意味を持って目の前に広がることだ。新世界が現れる、と言える。

さらに、異なる文法や発音や言葉のセンスが身につくことは間違いない。「文法がわからない」というのは誤解で、あれは「わかるもの」というより「受け入れるもの」なのだ。

単語の意味、構造、由来などにも興味が湧き、造詣が深くなる。そういうセンスや知識は、翻訳や通訳をやっている者にとっては、トリビア以上の価値がある。

さて、英語以外に最初にかじったのはイタリア語。中学2年の頃、白水社「イタリア語入門」という自習書を買って勉強し始め、一時は英語より多くの単語を知っていた。

例えば、famoso(ファモーソ) は「有名な」だが、英語では famous。英語にはたくさんイタリア語に似た単語があるのを知って驚いた。important は importanto(インポルタント)、necessary は necessario(ネチェッサーリオ)。

学生時代、銭湯で湯船に浸かって「100」を数えてから出ることにしていた。1から100までイタリア語で(uno, due, tre, quattro, cinque, sei,..... cento)。だから今でもイタリア語で1から100までは言える(覚えている)。

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(古代ローマの中心部「フォロ・ロマーノ」。ここにも行ったが、仕事に必死だったため、よく覚えていない。イタリアは今でも一番行きたい国。)

ドイツ語は、NHKのラジオドイツ語講座を聞いた。そのスキットは、今であれば「炎上」ものだ。なぜかといえば4月開講レッスン初日のフレーズが Rauchen Sie?(英語では Do you smoke?)だったからだ。

なぜ講師は「タバコを吸う」の動詞を最初に選んだのだろう。高校1年だった私は、のっけからドイツ語で「あなたはタバコを吸いますか」を覚えさせられたのだ。(ドイツ語 rauch「煙」 と同語源の英語は reek「悪臭」)。

そのおかげかどうかわからないが、これまでタバコを吸いたいと思ったことは一度もない。

フランス語は、イタリア語からの類推で文法的にはある程度わかったが、同じラテン語から変化した言語としては、イタリア語とずいぶん文法も発音も異なっている。

例えば、フランス語は、70、80、90に相当する数詞がない。「70」は「60 + 10(soixante-dix)」、「80」は「4 x 20(quatre-vingts)」、そして「95」は「4 x 20 + 15(quatre-vingt-quinze)」という(かつて使われていた20進法の名残という)。

添乗員としてパリに行ったとき、数詞は全部覚えたはずだった。ちょっとした自由時間、喉が渇いて売店にジュースを買いに行った。値段は書いてなかったが、聞けばわかる、と思った。売店のおじさんに「Combien?(いくらですか)」と聞いたはいいが、答えのフランス語(数詞)がまったく理解できなかった。焦ったが、「Pardon? パルドン=すみません(sorry)」を繰り返すしかなかった。そしたら、最後には英語で値段を言ってくれ(うろ覚えだが、80前後の数字だったと思う)、無事喉を潤すことができた。

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(パリ中央部にある傷病兵を看護する施設だった「廃兵院」(通称「アンヴァリッド」)。この近くの売店だった。)

フランス人はフランス語に誇りを持っている。「フランスがアラスカを買うという案があったのだけれど、結局買わなかった。あれを買っていれば、北米大陸の北半分はフランス語圏になって、フランス語の力はもっと大きくなったかもしれない」という歴史談義もフランス人から聞いたことがある。

こちらが片言でも一所懸命フランス語で話そうとすれば、英語嫌い(現在でもその傾向はあるという)のフランス人も「じゃあ、英語で話してあげるよ」と素直に英語で話してくれるのだ。

ギリシャに行った時も、最初は不機嫌そうに見えたツアーバスの運転手は、休み時間、私がガイドブック片手にギリシャ語で話しかけると、次第に表情が緩み、話が通じなくなると片言の英語を使ってくれた。

英語嫌いのフランス人でなくても、最初から英語でガンガン来られたら、引いてしまう(だからアメリカ人は厚かましくて煙たがられている、と聞く)。片言でもいいから一所懸命相手の言葉を話そうとすれば、嫌がらずに「共通語(英語)」を使ってくれるのだ。

言葉というのは、心を通わせる力がある。

相手の心を掴むのなら、まず相手の言葉を(片言でもいいから)使う、そこからコミュニケーションが始まる、ということを実体験として知った。

最近の若者は国外に興味がないという。「本当ですか」と知人の大学教授に聞いたら、「本当だ」と言われた。

この国際化時代なのに、私は理解できなかった。日本国内にいて日本のことだけやっていて満足なのだろうか。「日本は素晴らしい」論があちこちに出ているが、そのまま信じているのだろうか。

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(国際都市シンガポールの街並みと人々。シンガポールには二度行った。)

私は「英語で食えるようになる」ことを目標にしたので、多言語を実際に使う機会は減ってしまった。能力的にとても種田さんには及ばないので、多言語のプロにはなれなかったろうが、もしもっと多文化・多言語を体験する道を選んでいたら、コミュニケーション上は「ポリグロット(polyglot = 多くの言語を使える人)」になれたかもしれない。

外国の人々と彼ら自身の言葉で話すことはとても楽しい。自分の見識も広がり、この世界はとても広いことが実感できるはずだ。

種田輝豊さんの「20カ国語ペラペラ」に刺激され、語学にのめりこんだ。英語以外モノにはならなかったけれど、得たものは大きかった。

(「いつからの習慣か覚えていないが、手帳のメモは全部アラビア語で書いている」と同著にある一文を読み、「なんてかっこいいんだ」と憧れた種田輝豊さんは、2017年、79歳でアメリカにて逝去されたとのこと。May he rest in peace.)


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2018年12月21日

Kaiju の世界

怪獣はもう日本だけのものではない。Kaiju は世界の共通語になり、「ゴジラ」は Godzilla になってしまった。怪獣たちにとって日本は狭すぎたのだろう。それに彼らはユニバーサルな価値を持っていたから、世界で活躍するのは当然の成り行きであった。

大げさな、と思うなかれ。Kaiju という日本語は、2013年の大ヒット米SF映画「パシフィック・リム」で使われている。2019年公開予定のハリウッド製ゴジラ新作映画「Godzilla: King of the Monsters」では、ゴジラだけでなく、ラドンもモスラもキングギドラも出てくる。

日本ではゴジラに並ぶ人気怪獣「ガメラ」も、けっこう外国のファンが多いようで、数年後にはハリウッドで実写化されるかもしれない。(実は私はガメラファン。平成3部作、特に最後の「ガメラ3」におけるガメラは神がかり的機能美だ。)

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(初代ゴジラ。ゴジラの造形は類い希なデザイン力によるものだと思う。アメリカも含め世界の怪獣は、爬虫類か恐竜の姿を似せたものでしかないが、ゴジラの造形はそれとはまったく異なっている、と私は思う。)(写真:Wikimedia Commons)

なぜ日本には怪獣が多いのか。私は怪獣ファンでもあったので、英語の仕事に携わるようになると、「異文化コミュニケーション」の重要性を意識するようになり、その「なぜ」をよく考えるようになった。

(1) 多神教(アニミズム)の宗教的要素

天地創造の神は日本にはいないので、「生物」を、「神や悪魔にでもなる巨大な怪物」を、自由に創作できたのだろう。

(2) 世界大戦を闘った軍事大国

戦艦大和のような巨大人工物を作ることができたわけだから、「巨大で強大」なものを創造(想像)するという実体験はあった。それに戦争による日本全土での爆撃や破壊を目の当たりにしたことも、無意識のうちに「巨大生物が街を破壊する」映像の創作につながったのかもしれない。

(3) 人間以外の生き物に対する日本独自の文化的考え方。

日本の豊かな自然、それに天変地異の多さもあり、「妖怪」や「魔物」などの「もののけ」は、昔から書物に現れていた。平安時代に伝来した妖怪物の元祖といえる中国の地理書「山海経」をヒントに日本人がいろいろ化け物を考えたとも言える。そして日本はアニミズムの世界であり、妖怪の進化と活躍はさらに広がった。

また動物や人造物を擬人化する文化的素地もあった。11世紀ごろ作成されたと言われる「擬人化された動物が描かれた」絵巻物「鳥獣戯画」(国宝)は、マンガの「祖」とも言われている。私も「鳥獣戯画」を何十年も前に知り、それ以来この絵巻物から今の日本の「キャラ王国」「怪獣王国」への連続した文化的流れを感じていた。

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(「鳥獣戯画」ウサギとカエルの相撲。これを見ているともうマンガだね。)(写真:Wikimedia Commons)

「もののけ」を擬人化する文化、妖怪を身近に感じる文化、それが近代になってアメリカから輸入した「娯楽文化」と相まって、「怪獣」を作り出したのだろう。

(4) 歴史的復活体験

もう一つ、非常に大きな要素がある。日本の怪獣、特にゴジラは、その誕生は「反核思想」であった。何しろ水爆実験で蘇った太古の恐竜がゴジラなのだ。

実はゴジラ誕生に先立つ1年前の1953年、「The Beast from 20,000 Fathoms」という米国映画で、核実験により蘇った古代恐竜(邦題「原子怪獣現る」)が「怪獣」として初登場する。これにヒントを得たとは思うが、この映画がなくても、ゴジラは誕生していただろう。

ゴジラは水爆実験で生まれた怪獣。それが東京を破壊する。しかし最後は撃退する。「反核」の名を借りて、敗戦のトラウマ解消を狙ったのでは、と私は思っている。

さて、そんなゴジラが、核爆弾を落とした張本人のアメリカで映画化されるようになったのは、どうしてか。

それは、日本は「太平洋戦争の被害者としての部分、原爆の被災者としての部分」だけを強調することを選ばなかったからだ。

日本人がつらい体験をしたのは、今次大戦だけではない。他民族の侵略こそほとんど受けなかったものの、地震や噴火などの自然災害では昔から大きな被害を被ってきた。それは誰かを責められるものではない。ただ粛々と受け止め、そこから生き続け、這い上がるだけである。

戦後の「怪獣」創作においても、戦争の悲惨さ、苦しみ、つらさ、悲しみをすべて包み込んだうえで、生きていくために必要な娯楽としての要素を取り入れ、「怪獣」を世界的な価値にまで高めることに成功したのだ。

ゴジラも、ガメラも、(怪獣ではないが「ウルトラマン」も「アトム」も「サイボーグ009」も)、なぜか哀しみを背負っていながら、懸命に生き闘う(あるいは破壊する)のは、そういう日本人の遺伝子によるものではないだろうか。

ハリウッド(米映画界)の価値、ハリウッド映画化の価値を否定する人は多いかもしれない。しかし、好き嫌いは別にして、ハリウッドは米国のご都合主義や思想を押し付けるためだけに、何億何十億ドルもの金を掻き集め、映画制作をしているのではない(一部はそうかもしれないが)。ユニバーサルな価値を見い出し、世界市場で「売れる」と思うから、映画を作って世界に売り込んでいるのだ。そしてハリウッドで映画化されたキャラクターは、世界中の人たちが見ることになる。驚異的な媒体ではないか。

モンスター始め様々なキャラクターは世界中で創作されているが、人類史上まれに見る「近代的自由主義のもとで飛躍した多文化・他民族の融合」で圧倒的新規性と創造性を示し続けているアメリカは別格とし、日本はその他の国々の追随を許さない。

ハリウッド製ではあるが、Godzilla は回を追う毎に本家日本のゴジラに似てきており、その強大さはアメリカ産怪獣「キングコング」をすでに凌駕している。

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(これは2017年米映画「キングコング: 髑髏島の巨神」のキングコング。東宝製作のゴジラ映画としては「キングコング対ゴジラ」(1962)があるが、この頃はまだ両者サイズが同じ。)(写真:Wikimedia Commons)

ハリウッドでは「Godzilla vs. Kong」(仮題)という映画を2020年に公開予定という。「Godzilla: King of the Monsters」における描写の Godzilla にキングコングが敵うわけないと思うが、コングは米国産なのでプライドもあり、巨大化させるとか何とかして対等にする魂胆なのだろう。まあ譲ってあげてもいい。ゴジラはそんな器の小さい Kaiju ではないのだから。


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posted by ロンド at 17:03| Comment(4) | TrackBack(0) | 文化
プロフィール
ブログネームは、ロンド。 2013年に東京の多摩ニュータウンから軽井沢の追分に移住。今年還暦に。 同居人は、妻とトイプードルのリュウ。 ロンドは、フリーの翻訳者(日英)。自宅にてiMac を駆って仕事。 リュウ(13歳)は、運動不足のロンドを散歩に連れ出すことで、健康管理に貢献。 御影用水温水路の風景に惹かれて、「軽井沢に住むなら追分」となった。